それは正義でもなく、悪でもなかった。この行動に意味などないしかといって適当に片づけられるほど簡単な問題ではない。それに最近俺はおかしい。ついさっき自分が取った行動を覚えていない。たとえばこんな風に、


「ッテメェ…!なにすんだよ!」


あの煩わしいチビを、組み敷いていたりだとか。


「…なんで黙ったままなんだよ」
「あいかわらずうるせえなお前は」
「なっ…!」


きゃんきゃんわめくコイツの口を手で塞ぐ。そうだなんでこんなことになったんだろうか。ああそうか、コイツがムカつくからか。ただそれだけのことだ、なのになぜ忘れてしまうのか。自分で自分をコントロールできていないという事実がどうしようもなく腹立たしい。こんなのは俺らしくない。そうだ、俺は那月を守らなきゃいけないんだ。何人たりとも那月を傷つけるヤツは許さない、俺は那月を傷つけるすべての要因からたとえずたずたに切り裂かれて真っ赤に染まったとしても守りきると、俺という人格が生まれたあのとき誓ったんだ。なんでもできる、那月のためなら。犠牲なんて惜しまない。そんなことを考えながら、組み敷いてる故真上から見下ろす形になったこのチビを両目に確と焼き付ける。那月が愛してやまない奴。那月が守りたいと願う唯一の、


「もういいだろ。いい加減どけ」
「お前に指図される筋合いはない」
「はあ?!なんだっていうんだよ!なんの意味があるんだよ!」
「意味?」


笑わせる。そんなのお前が憎いから、で十分じゃないか。

那月はこのチビを愛してる。揺るぎない事実だ。そしてこのチビも那月を愛してしてる。2人はおたがいを想い合うことで成り立ち、支え合い、今という時を生きている。導き合うその絆はまるで見えているかのように強い。それほどまでに、愛してる。愛し合っている。那月の心の闇が、太陽みたいな存在であるコイツによって照らされていく。そう、俺の役割は終わった。明らかな事実だった。傍で那月を守れるのはお前で、孤独を埋めてあげることができるのもお前。俺は那月がしあわせならなんだっていい。とにかく那月がしあわせなら。だから許せると、認められると、そう思っていた。






だが人を愛するというのは、その人自身を弱くする。

そうなんだ。那月はこのチビのことを愛しすぎて、また弱くなる。少しずつ少しずつ、弱くなる。だから、


「お前は、危険すぎる」
「なにいって、」
「那月にとって危険だ、お前は邪魔でしかないんだよ」


お前が那月以外のだれかに笑顔を向けたとき、たのしそうに話していたとき、どれほど那月が傷ついて苦しんでいるのかお前は知らないだろう。そして那月はそんな嫉妬にかられた自分自身を醜いと、そう思ってまた傷つく。俺はそんなときどうしてやることもできない。無力なんだ。どうすることも、できない。


「だから、」
「那月那月って、おまえそればっか。おまえ自身は?なんでそんなに自分を殺して生きるんだよ」
「…!」
「おまえのしあわせはどこにあるんだ?那月がしあわせであることが、おまえのしあわせ?」
「…そうだ、俺は那月がしあわせならそれでいい」
「悪いけどな、自分自身が今しあわせじゃねえのに他のヤツをしあわせにできるとはおもえねえよ」
「っ、お前…!」
「おまえは那月を守れてない。おまえが生きる喜びをかんじてないかぎり、おまえに那月は守れない」


だってそんな自分のことを大切にしない空っぽな人間に、愛など語れないから。そう俺の目を見て真っ直ぐと放たれた言葉は、確かな重みを持って俺の心を抉った。お前のその真っ直ぐな目が、嫌いだ。自分の中の醜い部分をすべて見透かすようなその目が。穢れを知らないそのスカイブルーの目が、


「…お前に、なにがわかる」
「わかる。おまえがどれほど那月を大切にしてるかも、守りたいと思う気持ちも、おまえの優しさも全部わかる」


空が青いから海も青く映るという。じゃあコイツの空色の目に映された俺は、どう色づいているのだろう。水が汚れていればそれは青色ではなく緑色に汚れて映る。俺もそんな風に映っているのかもしれない。純粋すぎる思いはときに凶器となり、深いところに突き刺さる。恐れしかない。危険でしかない。そんな目で見るな俺を見るな。ぐつぐつと妙な焦燥感にかられる。心がなにか黒い靄に覆われて浸食していくような、気づかなくていいことを思い起こさせられるような、そんな感覚。やめろと喚きたいのに言葉が出ない。声が、出ない。ダメだやはりコイツは危険すぎる、那月から離さなければ、コイツを、那月から、


「話していても無駄なようだな」
「…?」
「言葉でわからないなら、」
「…っ!な、」
「体に教えるまでだ」









それは正義でもなく、悪でもなかった。この行動に意味などないしかといって適当に片づけられるほど簡単な問題ではない。那月のためなのか、自分のためなのか、このチビがただただ憎いだけなのか、もうなにもわからない。わからなくなってしまった。押し倒していたコイツのシャツを勢いに任せて引きちぎる。この際もう、なんだっていい。理由なんて、どうでもいい。


飛んでいったボタンが床にバラバラと落ちる音と、悲鳴に近いコイツの拒絶が部屋の中に共鳴した。







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リクエスト「那翔←砂でさっちゃんが無理矢理」
つづきますし次ぬるい性描写はいります。




20111016




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テーマ「人外ファンタジー」
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