甘くないのはどうしてかなあ

ケーキにフォークを刺して、一口目を口に入れたとたん、イギリスは激しく噎せた。まずい。まずい、だと。咳き込みながら、吐き出したい気持ち以上に、動揺がすごかった。
口を押さえながら、キッチンのシンクに手をついて身動き一つしないフランスを見た。フランスのケーキがまずい、だと。まったくもって意味がわからない。
「……フランス」
おそるおそる、イギリスは警戒しながらフランスに声をかけた。まさか、これは、ドッキリなのだろうか。
「なに」
ぎろりと睨むように、不機嫌というか、気分の悪そうな顔と声だった。ドッキリのような笑える類いではないようだ。
このまま、ケーキがまずい、と言うのは気が引けた。かといって、調子が悪いのか、と心配した素振りを見せるのも余計に油を注ぐ気がした。結局、なんでもない、で終わらせるしかなかった。

フランスのそばにこれ以上いるのが気まずくて、イギリスはひとまずリビングをあとにした。
勝手知ったるフランスの家で、居場所に困ることはなかった。鍵のかかっていないフランスの部屋に逃げ込み、とくにすることがあるわけではなく、書架を弄り始めた。
並んでいる本の背表紙に書かれたタイトルは、ほとんどがフランス語だった。ところどころドイツ語が混じっていて、なんとなく、それが癇に障った。
指先で背表紙をなぞりながら、気になる本を探すが、これといったものは見つからない。諦めてフランス好みの恋愛小説を取りだしかけたとき、その隣に本ではないものを見つけた。
薄い水色にバラの絵が描かれたデザインのそれは、写真のアルバムだった。
軽い気持ちだった。プライベートなものではあるけれど、見られて困るようなものではないと勝手に決めつけた。
イギリスは背表紙に手をかけて本棚から抜き出し、ベッドサイドに腰かけてからページをめくった。
最初に出てきたのは、フランスが女性の肩を抱いている写真だった。場所はパリ、女性はきっと観光客だ。着ている服がイギリスのブランドのワンピースだった。嫉妬した。
次のページには日本がいた。フランスが日本を訪れた際の写真だろう。いきなりシャッターを押されたのか、驚いた顔の日本はいつもより幼く見えた。その下には取り直したツーショットがあり、さらに観光を楽しんでいる写真が続いた。嫉妬しづらい。
次はアメリカと、ベルギーと、スペインと、モナコと……
パタンとアルバムを閉じる頃に、イギリスは気づいていた。この中にフランスとイギリスの写真は一枚もなかった。最近のフランスとの生活を思い起こすと、ずいぶんと冷めていた。
仕事が忙しい、都合が合わない、疲れた、面倒くさい……
フランスが食べられない菓子を作ったことも、イギリスが原因なのだろうか。

リビングで雑誌を読んでいたフランスは、カシャッという音で、イギリスがいることに気づいた。
「なんだよ」
返ってきた不機嫌な声色に、イギリスは一瞬たじろぐが、必死に頑張って口を開いた。
「出掛けるぞ」
「どこへ」
「……あとから決めればいいだろ。いいから行くぞ!」
文句ありげなフランスの腕を無理矢理引っ張っていき、カギをパクって車に押し込んだ。
「おいイギリス、お前……!」
「うるさい、行きたいとこねぇのかよ」
フランスの怒声も他所に、車のエンジンがかかる。これはフランスの所有物だが、イギリスはやはり慣れた動作で車を発進させた。そうなると、フランスも口を塞ぎ、しぶしぶシートベルトを締めた。顔はまだ不機嫌なままだった。
違うのだ、そんな顔をさせるために出掛けるのではないのだ。
無造作に置かれたフランスの手に、イギリスは自分のそれを重ねた。わずかにフランスが震えた気がした。
口に出さずにも伝わったら、楽なのに。いつもは意思を汲み取ってくれるフランスがこれだから、ちゃんと言葉にしなければいけないのだ。ふだんが甘えすぎているのかもしれない。なんだかんだで甘やかしてくれるフランスに感謝している、なんて意地でも言わないけれど。
「……写真、撮ろう」
「は?」
「だから、俺と、お前で、写真を、だな。アルバム一冊ぶん……?」
やたらと自信のない声は、上ずってすらいた。格好悪い。思わず俯きかけたとき、信号が変わった。
「右だ」
「フランス?」
「いいから右に曲がれ」
助手席から無理矢理ハンドルを切られた。クラクションが鳴ったが、フランスは気に止めていなかった。
「一冊ぶんで済むとか思ってるのかよ」
ふてくされたようにそっぽを向くフランスが、触れたままだった手を握ってきた。なんだよ、いきなり、いたたまれなくなって、視線を合わせないように、指を絡めた。互いに、顔が赤いのは、わざわざ確認しなけてもわかった。
さて、どこに行こうか。車はスピードを出さずに、通りを進んでいった。






藍日



 

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