Dank u

何てことはない、夕飯のひととき。





慣れないことは疲れるものだ。台所で器具を洗いながら、日本はため息をついた。ため息をつくと幸せが逃げる。誰が言ったのだか、そんなこと。幸せが逃げるから、ため息をつくのではなかろうか。
屁理屈を考えている間に、オーブンのタイマーが鳴った。熱さに気をつけて取り出して、竹串を刺した。何もついていない。きちんと焼き上がっていた。きれいな金色の、チーズケーキだ。
慣れない洋菓子作りは、まずフランスにレシピを教えてもらうところから始まった。どうしていきなり、と言われて、日本ははっきりと答えられなかった。何となく、だと。日本らしい当たり障りない言葉に、フランスは特に追及したりはしなかった。ただ、によによと、おもしろそうに笑っていた。
それから冷蔵庫に移して、しばらく待った。その間に洗濯物を済ませて、夕飯の下ごしらえを始める。我ながら、器用な時間の使い方だと、日本は思った。ポチ君は部屋の片隅でごろごろしている。どうやら眠いらしい。餌はもう少しあとで良さそうだ。
ご飯にケーキは合うのだろうか。ふとした疑問が沸いてきて、迷った末の、炊き込みご飯になった。炊き上がる時間に合わせて、日本はおかずを作っていった。

「ただいま」とオランダの声が聞こえた。ここは彼の家ではないし、いまいち外れている気もする。それだけ慣れているのだろうか。なんだか、複雑な気分だった。嬉しいのは確かだけれど、少しばかしこそばゆい。
「おかえりなさい」
日本のぎこちない物言いに、オランダは素っ気なく返すだけだ。
食卓に皿を並べていくと、オランダが口を開いた。
「そげに、作ったんか」
「……閉じ籠っていると、こういうことはうまくなるのですよ」
あなたのために頑張りました、と言えるはずがない。いつもの取り繕ったような笑顔を作って、日本は言った。そう言えたら、そんなことを言ったら、彼は困るのだろうか。
お客さんがいるから、いつもより食卓は豪華だった。しかし、賑やかで、華やかだとは言えなかった。日本とオランダの間に、目立った会話などはなかった。日本は緊張していた。早く、早く、時間が過ぎてしまえ。箸で炊き込みご飯を口に運びながら、そう思った。早く過ぎてしまったら、そうしたら彼はすぐに帰ってしまうのか。それは、ちょっと、いやだ。
オランダがだいたい食べ終わった頃、日本がそわそわとしながら、台所に向かった。お茶を用意しに行ったのだ、とその程度に考えたオランダは、何も言わない。普段通りだった。
「……はじめて、作ってみたのです」
おそるおそる、控えめな態度で、チーズケーキが置かれた。オランダはやはり何も言わないが、目は、疑問を投げ掛けていた。急にどうしたのだ、と。日本は、特に理由はない、と言った。目を反らして隣に腰を下ろす。無言ゆえの強い視線に、結局、彼は負けてしまう。
「いつも、お花やお菓子や、用意してもらってばかりではないですか」
それなのに私は、と続けようとした日本を、オランダがそっと引っ張った。胸のなかに倒れ落ちる日本の頭を、オランダがくしゃくしゃと撫でた。子供ではない、と訴えても、聞く耳は持ってくれない。形のいい頭は撫でたくなるもの、だそうだ。
「……甘すぎるわけでなく、あなたの嗜好にも合うのでは、と思ったのです」
毎度、質素な食卓も、菓子があれば、花があるのではなかろうか。昨日、買い物をしながら思い付いたことだ。
「……気ぃ遣わしてもうたな」
「そんな、私のほうこそ、来ていただける度に、私は……」
それ以上は、互いに言わなかった。ただ、ありがとな、と伝えて、フォークをケーキに差した。








おぞんさんからいただいた蘭日にやる気をもらって、ヤる気で打った。なんてことはない、ヤる気だったのだ。←



 

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