お互い様のコンチェルト

 邪魔をしてしまったようだ、と来て早々、モナコが行った。ちょっとした用があってフランスの家を訪ねたのだが、タイミングが悪かった。少し暗くなり始めたかなという頃、フランスは黒いエプロンのままモナコを出迎えた。刺繍のきれいなそれが、モナコは気になっていた。キッチンには皿やワイングラス、食材が所狭しと並んでいた。これは、あれだ、別にモナコのために用意しているわけではない。そもそも、彼女はアポなしだ。
「ごめんな、あまり相手してやれないんだわ」
「別に、遊びに来たわけではないからね、すぐに帰るさ」
 さりげなく、冷蔵庫の中をチェックした。モナコが見つけたのは、南欧では見かけないビールだ。種類も揃えてあった。
「モナコ、お兄さんに黙って何してるの」
「……ふむ、イギリスさんにディナーの用意か」
「鋭いな。ほら、わかったなら、気を使ってちょうだい」
「仕方がない」
 フランスに玄関まで送られて、十分も経たないうちにモナコは帰ることになった。それだけでは、やはりつまらない。
「フランス、いい夜を、過ごしたまえよ」
 してやったり。珍しく照れて苦笑する兄貴分に、モナコはまた後日、感想を聞きに行くことにした。

 フランスがイギリスからのメールを受け取ったのは、気合いをいれたディナーがほぼ完成した頃だった。テーブルに盛り付けた皿を並べて、フランスはご機嫌だったのだ。行けそうにない、と非情な連絡をもらうまでは。
 メールを読んで、フランスは電源を落とした。一人で張り切って、恥ずかしいではないか。せっかく好物ばかり作ってやったのに。仕事で仕方のないことだから、文句は言えない。ため息ばかり、だんだん苛立ってきた。かといってぶつけて発散することもできない。
(……飲むか)
 テーブルの上の料理もそのままに、フランスはワインセラーからボトルを持ち出した。やけ酒だった。普段は優雅にワインの風味を楽しむ彼だったが、この時ばかりはそのような気分になれなかった。ワイングラスに注がれた赤を、フランスは勢いよく飲むだけだった。
「……イギリスのばぁか」
 こんなことなら、モナコを引き留めておけばよかったかな。後悔、先に立たず。

 急ぎの仕事を終わらせて、イギリスはそのままフランスのもとへ向かっていた。もう夜中だし、常識外だと罵られるかもしれない。それでも、イギリスはフランスに会いたかった。互いに忙しく、久しぶりに会うのだ。だからといって、何や特別なことをしたいわけではない。とにかく会いたい。きっとまた喧嘩をするのだろうけれど。
 こうしてイギリスがフランスの家に着いたら、時計は日付を跨いで深夜になっていた。しかし窓からは明かりが見えて、まだフランスが起きているのだと思った。合鍵を使い中に入ると、リビングのテーブルにはフランスがイギリスのために作ったであろう料理が並んでいた。メニューが自分好みで嬉しくなった。しかし肝心のフランスがいない。寝室、それからバスルームを探したが、姿が見当たらない。おかしい、と首を捻り、イギリスはリビングに戻った。ためしにメールを送ると、ケータイはテーブルの下に落ちていた。思わず力が抜けた。
 そこで、ことん、と何か転がる音がした。まだイギリスが探していない場所が一ヶ所だけあった。まさかな、と常々立ち入り禁止にされているキッチンに踏みいると、案の定、フランスがいた。
(寝てんのか)
 イギリスが近づいても気がつかない彼は、すやすやと寝息を立てていた。まわりにはワインのボトルが散乱していて、食べかけのチーズが転がっていた。完全に酔い潰れている。真っ赤な顔をしてボトルを握ったまま横になっているフランスを、イギリスは思わず蹴飛ばしそうになった。そうできなかったのは、原因が自分にあることに、気づいたからだ。
 フランスは今日を楽しみにしていたに違いない。それを反故にしたのはイギリスで、居たたまれない。
「フランス、起きろ」
 体を揺さぶっても起きる様子はない。これはかなり泥酔している。いつも酔っぱらって世話になるのはイギリスのほうで、この逆はなかなかない。それを思うと、フランスを放置するわけにもいかなかった。
 同じ体格のフランスをなんとかソファーまで運び、寝室から持ってきたブランケットを掛けた。とりあえずこれでよし、だ。まだまだフランスが起きる気配はない。
「……大人しけりゃ、美人なんだよな」
 誰も聞いていないからか、イギリスは珍しく素直だった。

 明るい朝の光で起きて、フランスは驚いた。なぜかソファーで寝ていて、ブランケットがあって、それだけでなく、イギリスの膝を枕にしていたことだ。何でイギリスがいるのかがわからない。確かに合鍵は渡しているが、昨夜は仕事だったはずだ。来られない、と言われて、フランスはワインを飲み始めた。そこからの記憶がない。イギリスはまだ静かに寝ていて、深くは考えずに、フランスはブランケットを彼に掛けた。
 そこで、フランスはもうひとつ、変わったことに気がついて驚いた。テーブルの上の皿は、きれいに、料理が消えている。
「まさか、な」
 フランスはイギリスを見た。寝ている彼は、童顔のせいで、可愛らしい。そうではなくて、まさかとは思うが、イギリスが全部食べたのだろうか。どう考えても、冷めてしまっていただろう料理を、全部だ。
 もやもやとした、嬉しいような、申し訳ないような気分で、フランスは頭を押さえた。
「……う、っダメだ」
 フランスは唐突に洗面所まで走った。気持ち悪い。喉をひりひりとさせながら、吐いた。二日酔いだ。久しぶりにやってしまった。どれだけ見境なく飲んだのか。しばらく自己嫌悪に浸ってしまった。
 ようやく吐き気が治まりリビングに戻ると、イギリスが目覚めたらしかった。ソファーに座ったまま伸びをする無防備な彼に、フランスは思わずときめいた。いや、古い、何してんだ、俺!
「フランス?」
「お、おはよう。朝食だよな、ちょっと待て。お兄さんは疲れてるんだ、時間をくれ……!」
「……なら、カフェにでも行こうぜ」
「へ?」
「いや、だから、その……」
 もじもじと恥じらうイギリスは、ある意味、いつものイギリスだった。フランスがじっと言葉を待っていると、赤くなりながらイギリスが叫んだ。
「昨日の詫びだ!」
「…………」
 茫然としたフランスだが、イギリスの提案はやはり嬉しいもので、返事の代わりに笑った。それだけだとイギリスが不安な顔をした。妙に繊細なところも、フランスは嫌いではない。年上の性質だろうか、思わず守りたくなるような、そんな感じだ。
 イギリスの頬にキスをして、フランスはテーブルの上を片付け始めた。やっぱり、料理は全部、イギリスが食べてくれたのだ。唇の近くに、メインディッシュのソースが僅かについていた。マナーにうるさいイギリスが、そんなことにも気がつかないほど、夢中で食べてくれたのか。どちらにせよ、今のフランスは気分がよかった。
「ほら、早く行くぞ」
「あぁ、早く行こう」
楽しげな二人が朝のカフェで朝食をとる姿に、パリの男女も、微笑ましいと喜んだ。





蒼月さんは、「深夜のキッチン」で登場人物が「探す」、「メール」という単語を使ったお話を考えて下さい。 #rendai http://shindanmaker.com/28927

お題に添えたかどうかはまた今度。





 

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -