愛のワルツァー


意外だな、と思った。ドイツは目の前の光景を少し疑っていた。兄のプロイセンがパーティーで踊っていること、だ。てっきり、こういう場は苦手なのかと思っていた。しかし、それはドイツの勘違いだったのか、会場の中央で、ドレスのお嬢様とダンスを披露していた。特別に得意だったわけではないはずだ。何でもそつなくこなすあたりは、さすがと言わざるを得ないか。
「……気に入らない」
隅っこでグラスを片手に持つドイツの隣で、ハンガリーが呟いた。淡い色のイブニングドレスを着た彼女は、中央で踊るお嬢さんよりも、ずっと落ち着いて大人っぽい。彼女だって踊ってくればいいのに、それをしない。今日はオーストリアが欠席で、約束した相手がいないのかもしれない。プロイセンがメインで踊っていて、こちらは壁の側で佇んでいるだけ。それが癇に障るのだろうか。
そうだな、とドイツは考えた。
「ハンガリー」
何よ、とつっけんどんなハンガリーに、ドイツは手を差し出した。踊らないか、と。彼女が驚いているのが、容易に見てとれた。
「え、私と?」
「兄さんだけ、花になっているのは、ずるいだろうし、お前も暇だろう」
「そ、そうね……」
迷った末に手をとったハンガリーと、ドイツは中央へ移動した。ぎこちないエスコートが、何だかおかしくて、ハンガリーは笑ってしまった。オーストリアさんとは大違いね、などと、口に出したらドイツはどんな顔をするだろう。よろしくね、と言うと、ドイツは気恥ずかしさを隠すように、短く返事をした。
いざ踊り始めると、二人は注目の的になっていた。あれは誰だ、似合っているな、だとか、ざわざわと会場が話し始めていたが、当の二人は気づかなかった。案外楽しいものなのだな、ドイツは慣れないステップを踏みながら、そう思い始めていた。
「……少しは、気分も晴れたか」
曲が終わり、歓声の中で、ドイツはハンガリーに尋ねた。それに対し、ハンガリーは複雑そうに、曖昧な返事をするのだった。

「……何だよ、アレ」
「プロイセンが他の女の子と仲良くしてるからじゃないの?」
「はぁ?」
ドイツとハンガリーに、プロイセンが気づかないはずもなく、すっかり立場が逆転していた。まるでわかっていない悪友に、フランスはニヨニヨと笑っていた。ますます意味がわからない。
「じゃあ、次は俺がハンガリーちゃんを誘ってこようかなぁ」
「フランスのくせに!」
乱暴に引っ張られて、フランスの自慢の髪は残念なことになる。

賑やかなパーティーが終わったあとは、どうしてか寂しくなる。この静けさのせいだろうか。イブニングドレスを脱いで部屋着に着替えて、ハンガリーは漸く一息ついた。ホットミルクに砂糖は多めで、甘さが疲労した体にちょうど良かった。思い浮かぶのはプロイセンの顔で、それからドイツのこと。ドイツはあいつよりずっと気が回る。少しは見習えばいいのだ。
「ハンガリーさん、お客様です」

「夜分に申し訳ありません、ハンガリー」
エントランスで客の顔を見て、ハンガリーは驚いた。オーストリアと、その影でそわそわと落ち着かないプロイセンがいたからだ。今になって何の用よ、とハンガリーは毒づいてやりたかった。客が一人だけなら、迷わず言ってやっただろう。
「違う、俺はオーストリアが迷子になるんじゃねぇかと思ってだな、」
「このお馬鹿さんが。しっかりなさい、情けない」
「う、うるせー!」
騒がしいわね、とハンガリーが冷ややかに言うと、さすがにプロイセンも頭を抱えた。それからキッとハンガリーを見て、それには彼女も一瞬たじろいだ。
「な、何よ」
「……や、やる!」
投げつけるように何かを渡して、プロイセンは脱兎のごとく走り去った。呆然とするハンガリーに、オーストリアが呆れ顔で告げた。
「プレゼントですよ。プロイセンから、あなたに」
プロイセンから、私に。反芻して、顔が赤くなっていくのを感じた。

「ハンガリーちゃん、それ、どうしたの」
通りすがりのフランスに話しかけられて、ハンガリーは疑うように彼を見た。それ、とは、この髪飾りのことだと思う。しかし、髪飾りならいつも着けているし、気になるものでもないはずだ。よく見ている、というか。悔しいが、「お兄さん」を自称するだけあって、人の些細な変化にも気づくやつだった。だから逆に、いつもふざけて、楽しくやっているのだろうか。いや、それはないか、ただの変態だ、こいつは。
「何よ、文句でもあるの」
「そうじゃなくて。そのセンス。どう見ても、どっかのお馬鹿のだよな、と思ったのさ」
によによ、とフランスが笑う。どうせ、こいつにはお見通しなのだ。少々苛立ちつつも、やはり嬉しげに、髪飾りを撫でた。
「うん、喜ぶだろうね。でも次は、ちゃんとハンガリーちゃんらしい可愛らしいのを頼まなきゃな」
「言えてるわ」



 

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