マリアの落とし物


「……子供みたい」
ぽつりと呟いた声は、きっと誰にも届いていないはずだ。
年に似合わず、クリスマスツリーを飾り付け、鼻唄を歌う腐れ縁を、ケーキを切り分けながら、ハンガリーはじっと見ていた。しっとり甘いチョコレートケーキは、オーストリアが焼いた。ケーキに合わせたコーヒーを用意したのも彼だ。いい香りをいっぱいに吸って、ハンガリーは幸せ気分だった。それを中途半端に邪魔したのが、プロイセンの粗雑な鼻唄だった。
子供のように、クリスマスツリーにすがって、プレゼントを楽しみにしているのだ。意外に幼さを感じさせるプロイセンに、ハンガリーは複雑な気分でいた。平和、ということなのだろうか。これはこれで悪くはないのだけれど、何か足りない気もする。
「プロイセン、あなたも少しは手伝いなさい」
オーストリアの呼び声にも、プロイセンは無反応だった。聞こえていないのだ。まったく、とオーストリアが言った。ハンガリーは無言でフライパンを取り出した。その手を苦笑しながら押さえたのはオーストリアだった。しぶしぶ従ったハンガリーは、代わりに彼の短い髪を引っ張った。いてて、プロイセンが叫んだ。遠慮はしていなかった。
「何すんだ、ハンガリー!」
「お馬鹿さんが、あなたが浮かれすぎているからでしょう」
あまりツリーにへばりついていると、サンタクロースもプレゼントを置けませんよ。
オーストリアの一言で、プロイセンはしゅんと静かになった。素直なやつだ。静かな彼はツリーから離れ、テーブルについて、また目を輝かせた。忙しいやつだ。
「もう少しお待ちなさい、もう一品用意しますから」
「おぅ、さすが坊っちゃん! 飯はうまいよな!」
「お黙りなさい、ケーキはいらないのですか」
「冗談だ、すげー期待してるからな」
ケセセ、と笑う。オーストリアも、満更ではなさそうだ。
そんな三人で過ごすクリスマスも、悪くないかな、とハンガリーは思い始めていた。
せっかくだ、写真でも撮っておくか。そう思ってハンガリーは鞄のなかを探した。しかし、そこにお気に入りのカメラはなかった。ぼう、と思い出す。ドイツの家で、イタリアが来るから、と追い出されたときだ。急いでいたから、カメラを忘れてしまったのかもしれない。メモリーが入ったままで、できれば誰にも見られたくない。
「すみません、オーストリアさん。少し、出掛けてきます。先に召し上がっていてください」
「謝らなくてもいいですよ。待っていますから、いってきなさい」
ハンガリーはオーストリアに頭を下げた。
「ハンガリー、」
「何よ」
「気を付けてな」
てっきり、ごちそうが遠退いて機嫌を損ねるかと思った。おそらく本人は何も考えずに言ったのだ、こいつは、悪いやつじゃなかった。ちょっと満足に似た気持ちになった。
飾り付けられたツリーを一瞥して、ハンガリーは外に出た。雪が降っていた。その白さに、ハンガリーは思わず笑っていた。

翌朝、ツリーの下に置かれたプレゼントに、プロイセンのテンションは最高潮に達していた。手編みのマフラーは、一番のお気に入りだった。
プロイセンのケータイは、その日だけ三人の笑顔が待受だった。








 

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