リズムはときに小節からはみ出す


カードを並べて、ケーキを焼いて、プレゼントを包んで、ドイツのクリスマスは順調に準備されていたはずだった。厄介なオーストリア、ハンガリー、そして兄を家から閉め出して、ドイツはイタリアからの連絡を待っていた。オーストリアではあるまいし途中で迷うことはないだろうが、あのイタリアだから、心配でならないのだ。近くに来たら必ず連絡すること、そして勝手にうろちょろしないこと。事前の電話で、二つの要求に素直に従ったイタリアを、ドイツは思い出していた。
今日、いまだにイタリアからの連絡がない。
いったいどこをほっつき歩いているのだ!
しびれを切らしたドイツは、コートにマフラーを着込み、傘を持って家を出た。
外は雪が降っていた。寒さはより際立ち、手袋をしていても指先がかじかんだ。今頃寒い思いをして、泣き出してはいないだろうな。心配でならない。
「あれ、ドイツ、何やってんの?」
聖夜に一人かい、とにやけ面で聞いてくるフランスがいた。なぜ、貴様がここにいるのだ、とは聞く気にもならなかった。今の最優先はイタリアだ。フランスも、きっとわかっていて聞いているのだ。はぁ、と吐いた行きは白かった。そこで、フランスの後ろにもう一人誰かいることに気づいた。フランスによく似た髪色の、少女。
「今、完全に私が忘れられていたようだ」
「ごめんね、お兄さんが輝きすぎて逆光だったのかも」
「何か言ったかな」
ぐりぐりとあまり痛くなさそうなパンチがフランスの胸部を叩いていた。
てっきり、フランスはイギリスと過ごすものだと考えていた。モナコは小さなハンドバッグを持っていて、フランスのそばを離れずにくっついていた。
「イタリアを探しているんだろ」
「なるほど。それなら容易なことだな。彼ならさっき見かけたよ」
モナコが指で後ろを指した。ドイツが頷くと、彼女はふふん、と胸を反らしていた。
「勘違いされていたら困るからな、言っておくよ」
フランスはただの送り迎え係だ。

どうしよう、どうしよう。泣き出しそうになるイタリアを見つけたのは、ハンガリーだった。先行くフランスとモナコに話しかけられたあと、事件は起こった。雪が降る道を、イタリアは傘も差さずに歩いていた。早く早く、と焦る気持ちがいけなかったのか。案の定、雪で凍結した道に足を取られてしまった。最悪なのは、足を痛めたことではない。
「せっかく作ってきたのに……」
早起きして作ったケーキは原型をなくしてしまった。それが残念だというイタリアを、ハンガリーはやさしく慰めていた。そのくらい、ドイツは気にしないわ。それはイタリアもよくわかっている。わかっているのだが。
「元気出して、イタちゃん。私もついていってあげるから、そろそろ行こう?」
「……うん」

「イタリア!」
ようやく歩き出した二人の前に飛び出してきたのは、息を乱したドイツだった。急なことに狼狽えて、イタリアはハンガリーの背に隠れた。やれやれ、といった様子で、ハンガリーは苦笑いしていた。
「イタリア、探したぞ。それに、なぜハンガリーがここにいるんだ……」
「私は偶然よ。ちょっと忘れ物をしてしまって、ね。でも、あとにするわ。イタちゃん、ドイツと仲良くね」
背中にしがみつくイタリアを剥がして、ハンガリーは二人から離れていった。隠れるものがなくなって、イタリアは挙動不審になっていた。最初は怪しんだドイツだが、つぶれた箱を見て、察した。イタリアらしいと言えば、らしいかもしれない。ふと出たため息は、けっしてわざとではない。びびって肩を震わせたイタリアには、困ったものだ。
「あー、うむ、今日はイブだ、そして明日はクリスマスだ」
「……ドイツ?」
「そう、だからだな、一緒に、クーヘンでも作らないか?」
やはり照れるらしい。差し出した手はドイツの精一杯で、イタリアもそれを拒むことはできなかった。
冷たい雪のなか、ひとつの傘で手を繋いで帰る。そこから伝わる体温はやさしい温かさだった。
二人を見送るように、慌てたような、少し気恥ずかしいコーラスが聴こえた。

「ねぇねぇ、サンタさん、ひとつお願いがあります」
「なんでしょう、ハンガリーさん」
「ドイツ宅の玄関、リビング、バスルーム、寝室にカメラを仕掛けてきてください。私としたことが、うっかり忘れてしまいました」
「うーん、困ったなぁ、はは……」




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オチに困ったときのエリザベータ。



 

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