独伊


ドイツが怪我をした。それだけであれば、珍しい、と最初に思う。そして、からかいながら、見舞いする。今まではそうだった。けれど、今回は違った。そのように気楽なことは、さすがのイタリアも、できなかった。珍しい怪我の原因が自分だからだ。不注意だったわけではない。ただ予想外なことが起こったのだ。結果的に一緒にいたドイツを巻き込んでしまった。
入ったら、まず何と言えばいいのか。イタリアはドイツの家の前で、立ちすくんでいた。いつものように、迷わず扉を開けることができない。ケーキを土産に訪れたはいいが、その先に進めない。
「そこで何をしているのです」
がチャリと扉が開いた。オーストリアだった。彼もまた見舞いだろう。イタリアが口ごもっているうちに、オーストリアはイタリアの手荷物に気づいた。
「入りなさい。コーヒーを淹れましょう」
「あ、はい……」
促されるように足を踏み入れ、イタリアはリビングへ入った。
ドイツはいつも通りだった。ただ腕には包帯が巻かれ、今は家でリラックスしている。犬の遊び相手になったり、読書に勤しんだり、退屈はしていない。オーストリアは、ちょうどいい機会です、と言った。数日ぶりのイタリアに、ドイツは彼らしいシンプルな挨拶をした。オーストリアのコーヒーがテーブルに置かれた。ふたりとも、イタリアを責めなかった。
三人で、ケーキを食べながら、談話した。といっても、イタリアはまったくしゃべらなかった。
「……では、私はそろそろ帰ります」
「あぁ」
「イタリア、ごちそうさまでした。今度は私の家にでも来なさい。トルテを焼いておきましょう」
オーストリアのトルテは楽しみだ。しかし、今はおいしい菓子よりも大切なことがあった。
オーストリアが部屋を出て、リビングに二人きりになってから、イタリアがおもむろに、口を開いた。
「怪我、いたくない?」
「そんなことを聞きにきたのか、お前は。あのくらい、どうってことない」
それは質問の答えではない。イタリアは眉根を寄せた、しかし、それがドイツの優しさだ、と悲しくなった。彼は、弱音というものを見せてはくれない。いつでも頼ってしまうのはイタリアのほうで、その逆はない。それが悲しかった。
「イタリア?」
「……ごめんよ、ドイツ」
「なんだ、お前が気にすることではない。俺の失敗だ」
「違う!」
叫んで、泣いて、イタリアはドイツの包帯が巻かれた腕を撫でた。これは、自分のせいだ。
「泣くな、イタリア」
「だって……」
「俺がやりたくてやったことなのだ。だから、お前が泣く必要はない。……頼むから、泣くな」
泣くなと言われても、一度流れた涙は簡単に止まらない。目尻の涙をドイツの指が拭った。そのまま、頬を包むように撫でられた。武骨で、自分を守ってくれた優しい手だ。泣いてばかりでは、ドイツを困らせるだけだった。
「ドイツは優しいね。いつだって俺を助けてくれる、ヒーローだ」
「やめてくれ、そんな柄じゃない」
嗚咽混じりにしゃべるイタリアが、ドイツは気恥ずかしかった。意図せず視線が向こうを向く。イタリアがまた、ごめんよ、と言った。ドイツが困ったような顔に戻る。
「俺には、ドイツに、何ができるのかな」
「……あぁ、そうだな、」

もしも俺が、お前のヒーローであるなら、
「その、何だ、活躍したのだ、称賛……いや、それは違うな。礼、のひとつもあってほしいところ、というかだな、」
だいぶどもっていた。視線をうろちょろさせて言うドイツが、イタリアには可愛らしく思えた。フランスとかポーランドとか、他国は理解してくれそうにないけれど、それがイタリアに見えるドイツの側面だった。ごめんね、とうう言葉を飲み込んで、袖で涙を拭いた。
「ありがとう、ドイツ。守ってくれて、ありがとう」

リビングの手前で、一人動けずにいる人がいた。手には買い物袋、キッチンはリビングの向こうだ。
「……一人、楽しすぎるぜぇ」





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確かに恋だった
伝えたい言葉ふたつ5題
1.ごめんね、ありがとう



 

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