星が降った夜
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見上げた先で、赤い星が落ちるのだ。死を伝える禍星だ。 そして、何度目かもわからない夜が開けた。 携帯電話のアラームを止めて、ベッドで軽く伸びをした。カーテンを開ければ、光が部屋に満ちた。眩しさに目を細めて、やって来た朝と過ぎた夜を感じるのだ。
「今夜は、流星群、だそうだ」 我が物顔で部屋に居座る曹丕は気にも止めない。慣れたものだから。司馬懿も慣れた手つきでコーヒーを淹れる。風味も温度も、完璧、曹丕の好みの仕上がりだ。ちなみに司馬懿は紅茶派で、つまりコーヒーは曹丕のために用意しているものだ。 「聞いていたのか、仲達」 「流星群でしょう、聞いていました」 「なら、いいのだ」 ちらちらとこちらを窺ってくる曹丕をさりげなく無視しながら、司馬懿は支度を始める。このあとはキャンパスで勉強である。 「ん、出掛けるのか」 「レポートを仕上げたいので」 「そうか。しばらく使わせてもらうぞ、プチ家出中だ」 いい年した大人がプチ家出とか言うなよ。そんなつっこみはさておき、鞄を抱えて、司馬懿は部屋を出た。鍵は任せて大丈夫だろう。合鍵は持っているはずだ。渡した覚えはないのだけれど。 とぼとぼと道を歩いて、近くのバス停からバスに乗る。この残暑の中、歩いて向かうなは気が引けた。バスの中で約十五分、キャンパス前で降りた。 今日も、嫌な一日になりそうだ。
図書館の奥、人もあまり立ち寄らないような棚、そこになぜかあいつがいた。顔を見るなりげんなりする司馬懿に、彼は苦笑した。 「なぜ貴様がいるのだ、諸葛亮」 「少々、資料を探しに」 「……レポートか」 「ちょっと、違いますよ」 この棚で探しているのは、また別な資料であるらしい。 「本当は、司馬懿殿を待っていました」 「私、を」 「えぇ、知っていますか、今夜の流星群を」 言うな、と叫んだ。しかし、それは声にならなくて、諸葛亮には届かない。 「一緒に、見ませんか」
「……い、嫌だ!」 場所を忘れていた。ここは図書館だと言うのに。 星が、嫌いだった。あの赤い禍星が、嫌いだった。この時期は、とくに嫌いだった。それを、こいつと一緒だなど、耐えられない。それも、ただの、我が儘だ。まるで子供の食べず嫌いのような、そんな幼稚なものだ。司馬懿だってわかってはいるけれど、それでも、毛嫌いした。
「それで帰ってきたのか」 悔しいが、相談相手は曹丕しかいなかった。結局、バス代かけて、キャンパスへは何をしに行ったのか。勢いに任せて走ってきたせいで、鞄は落としてきてしまったし、最悪だ。財布が入っていないからまだいいものを。急に帰ってきた司馬懿のどうしようもない悩みに、曹丕は幼い、と言った。昼ドラの再放送が映るテレビを消す。煩わしい音はなくなった。とたんに静かになった。 「お前も、意外と寂しがりだったんだな」 「寂しがり、などでは、」 「なんだ、違うのか」 「違います」 「仲達よ、私の前でも意地を張るのか」 「曹丕殿、」 珍しい。曹丕がため息を吐く。カップの残りのコーヒーを飲み干した。帰るらしい。一応玄関までは見送りをする。相手はいずれは就職するであろう会社の次期社長だ。 「今日のプチ家出はおしまいだ。また来る、次はDVDのひとつも用意しておけ」 「またプチ家出をするのですか」 できればやめてください、漫画喫茶にでも行ってください。まぁ、この皇子様がそんな場所に行くわけもないのだけれど。 さっきまでの話を忘れたような、そんな下らない話をする。結局、問題解決には至らなかったな。 曹丕の指がドアノブを握る。ちなみにドアは、外開き。 ガツンっ 「あ」 え、なに、ベタな展開が起こったの。と、冷静な思考に至るのは、三名が知識人だからという暗黙の設定。大抵は、驚きで笑うか何かします。 「諸葛亮か」 「このドア頑丈ですね、本当にいたいのですが」 「だろうな、ここは曹魏が仲達のために用意した部屋だ」 「そうですか、セキュリティもばっちりみたいで」 司馬懿を放置で諸葛亮とマイペースな会話を始める曹丕。どうしようと一人軽度のパニックを起こす司馬懿を他所に、曹丕はあくまでマイペースを貫く。世界の中心はこの私だ。それは自己中心的思考だ、間違えた。 「感謝することだ、諸葛亮。私はちょうど出るところだ」 「それは、ありがとうございます、場所を用意してくださり」 「ちなみにこいつの部屋には、健全な大学生には珍しくAVもそっちの雑誌もない」 「なにを言っているのですかっ」 どうでもいい(とは限らない)爆弾発言を残して、曹丕はエレベーターへ歩き出す。立ち尽くす残された二人。気まずい雰囲気に、先に口を開いたのは、諸葛亮だった。 「鞄を、届けにきました」 「……上がれ」 紅茶でも飲んで、落ち着きたかった。
少し広めのリビングの、落ち着いた色のソファに、諸葛亮が腰掛ける。そこは先ほどまで曹丕が座っていた席だった。 ダイニングテーブルに二つのティーカップ。静かに湯気が揺れていた。開けた窓からは涼しい風が入り込む。 「……すみませんでした」 諸葛亮が図書館でのことを言っているのは、説明するまでもない。 よくよく考えれば、自分もだいぶちっぽけだった。司馬懿にしては珍しく、謝った。 「司馬懿殿の気に障ることを言ってしまった、私に否があります」 「そんなに、気にすることではないだろう」 「いいえ、ただ、ひとつ、伝えておきたくて」 言葉を区切った。諸葛亮がまっすぐ司馬懿を見る。たまらず司馬懿は反らそうとした。しかし、両手で顔をはさまれて、無理矢理目を合わせられた。 「私は、まだ、あなたの近くにいますから」 「……ば、馬鹿めがっ」 離れていく両手にもどかしさを感じて、誰にともなく、司馬懿は叫ぶ。シャウト。なんなんだ、なんなんだ、これは。嬉しいような、恥ずかしいような、苛立たしいような。 それでは失礼します、と立ち上がる諸葛亮を、司馬懿が引き留めた。 「司馬懿」 「流星、群、見るのだろう……っ」 「……えぇ」 しかしまだ昼間ですよ、と笑うのだ。
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メタボの文章。 まぁ、違和感は……あるか。この設定気に入った。
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