鼠の勇気
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もうすぐ、天下分け目の大戦が始まろうとしていた。決戦を控えた西軍実質総大将、石田三成。彼には名参謀島左近と、忍びの初芽という武器があった。
徳川の偵察であるとか、あちらの軍と向き合うことが、初芽は怖かった。もとはといえば、彼女は徳川方の忍びである。それを裏切って、石田三成のもとにいる。言ってしまえば、いつ殺されてもいい状況下なのだ。まだ、死にたくない。忍びらしからぬ台詞だが、初芽の本心だ。三成の傍ら、そこがやっと見つけた落ち着ける場所なのだ。みすみす手放したりはしない。しかし、三成に勝利をもたらしたい。そのためなら、三成のためなら、勇気を出してみようか。
「愚かな娘、だな」
左近が、初芽をそう表した。
「世渡り、下手だ」
「そんなことは、どうでもいいのです」
「忍び、だしな」
世渡りは、初芽には無縁のものだ。これからも、縁はない。左近に睨まれる形で、初芽は動けずにいた。初芽の動きをいち早く察した左近が、彼女の愚行を止めたのだ。いくら忍びだとはいえ、単身で敵地に乗り込むなど、愚かだ。自ら死ににいくような行為なのだから。
「三成様の、ためにと、」
「殿のため? ふざけるな」
「ふざけてなど、おりません!」
初芽の必死な形相に、左近は憐れみを感じてならなかった。しかし、どこか、主君に似たものを覚えたりもする。つまり、放っておけないのだ。世話の焼ける人たちだ。
「あんたの力は、来るときまで、取っておけ。殿には、俺たちには、お前が必要だ」
だからそれより前に死ぬな。ここで耐えることも、彼らにとっては大切なことだった。
「……島殿」
「まだ、なにか、あるのか」
「私は、三成様のお役に立てますか、」
ここまで来ると、呆れたものだ。左近には初芽が、娘の様に思えた。実際には、ごめんだ。彼女と比べれば、実の娘が、本当に可愛らしく思えてくるほどに。それくらい、ある意味で気難しい娘だ。そんな初芽の頭を、左近は少々乱暴に撫でた。
「頑張ることだ、な」
頑張りすぎるなよ、とも付け足した。





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このとき、島左近清興、推定60歳。

私設定の初芽
20代。家康が三成に初芽を差し向けたのが、1598〜1600の間。若さも商売道具。お局というか、単に名前が初芽です。あくまで私の設定。







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