泣くに泣けぬ
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(荒木村重謀反)




人質、とは、なかなか辛いものだ。周りに仲間はいない。しかし堪え忍ぶことはできる。これしき、安いことではないか。自分は、黒田官兵衛孝高の子である。松寿丸は父を尊敬していた。その厳格さと判断力を、自分も身に付けていかなくては。
織田の屋敷で、松寿丸はそれを考えながら、生活しているのだった。外が騒がしい。何かあったのか、その程度にしか思わなかった。織田家中は、なかなか騒がしい。
「黒田官兵衛、謀反」
耳を疑った。あの父が、まさか、まさか。父の謀反、それはつまり、人質である松寿丸の死を指していた。そんな折り、松寿丸の前に、見慣れぬ男が現れた。父と同じくらいの年齢の、しかしその身はずっと細い。女性のような、丸い柔らかな雰囲気を持っている。
「お迎えに上がりましたよ、松寿丸殿」
男は竹中半兵衛と名乗った。松寿丸の処罰をしにきたようだ。思わず身を震わせる松寿丸に、半兵衛は心配いらない、と言った。
静かに、人の目を盗んで、松寿丸が連れてこられたのは、半兵衛の居城であった。奥の小さな部屋に通されて、生活に必要なものを用意された。
「今、官兵衛殿は、敵地に入ったまま、戻られていません。あなたには上様(織田信長)から殺害の命が下りました」
殺害の言葉に、恐怖を感じた。まだ、死は、怖い。しかし、と半兵衛は続ける。
「私も秀吉殿も官兵衛殿を信じておりますゆえ、ここであなたを匿うことにしました。もちろん、内密です」
つまり、外では、松寿丸は死んだ、ということになるようだ。あなたも父を信じて頑張るのです。そう言われて、松寿丸の目に熱いものが込み上げてきた。
「これ、泣いてはいけませんよ。官兵衛殿はおそらく、敵地に捕らわれて、幽閉されているのでしょう。父が我慢をして耐えているのです。あなたも、我慢なさいね」
半兵衛に、松寿丸は強く頷いた。
「半兵衛殿、父を信じてくださり、ありがとうございます」




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補足

松寿丸
のちの黒田長政。官兵衛が織田のもとへきた際、人質となる。

荒木村重の謀反勃発
官兵衛は自ら説得にいくが、幽閉される。







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