砂の夢
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冷たい夜風にあたり、彼女はこれまでを思い返していた。 かの本能寺の変において、時の覇者である織田信長が急死する。それから賤ヶ岳の戦いを経て、豊臣(羽柴)秀吉の天下がやって来る。その瞬間を、彼女――お寧は複雑な心境で迎えた。巨大な権力を握れば、人は誰しも変わってしまう。秀吉も、例外では無かった。太閤(秀吉)が築いた大阪城は、どの城よりも遥かに大きく、立派なものだった。そこで、太閤と、太閤の愛した者たちが暮らした。お寧もその一人だった。太閤とお寧の間に、子はなかった。しかし、多くの子飼いの子供らがいた。お寧も彼らを愛した。彼らは戦や政で活躍した。お寧は嬉しかった。しかし、寂しくもあった。 太閤は死した。その華やかに金で飾った人生に、幕を下ろした。もう、豊臣の天下は続かない。それが現実だ。お寧は悟ったのだ。 「お寧殿、」 後ろから話しかけられた。秀頼(拾丸)の生母、淀殿であった。お寧はこんばんは、と返す。呑気な返事であったと思う。 「このようなところにいては、体に障りますわ」 ですから、早く中にお入りください。それは彼女の気遣いである。しかし、お寧はやんわりと断った。 「最後に、秀吉殿の夢の跡を、しっかりと、目に焼き付けておるのです」 「……まだ、まだ終わってはおりませんっ」 そうだ、「まだ」終わってはいない。少なくとも、この御生母に、終わらせる気はない。言葉にしなくても、そばにいればわかることだった。お寧は、くすり、と笑う。淀殿は、笑い事ではない、と言う。 「私は明日、城を出ます」
「貴女が城の頂点に立つのです。そして秀頼様を助けてあげなさい」 「お寧殿、」 「貴女は、もう、辛い思いをしたくないのでしょう。思うままに、進みなさい。致し方ありません」 うつむく淀殿の顔色は、暗い。彼女は、織田信長の血筋である、浅井長政とお市の方の娘である。二度の落城を経験している。親を死に追いやったのは、太閤秀吉で、 「大変な思いをさせてしまい、本当に、申し訳ない」 私は、外から、出来る限り、豊臣を支えます。 太閤殿下の夢の跡、 崩れていく皆の絆、 残されたのは滅びゆくさだめか
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高台院と淀殿は、別に仲が悪かったわけではない。環境の違い。そんな解釈です。
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