悟られぬ様に
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その人は、布団に入ったまま、庭先を見ていた。手入れされた庭は、粋なものだった。文化人でもあるらしい。晩年、その人は自らの人生を振り返り、いくつかの詩を残している。詩はその人を知る手掛かりになる。詩そのものに対する評価も、決して低くはない。かつて奥州を平定した男、伊達政宗である。
「政宗」
少し離れた場所から、誰かが呼んだ。年の変わらない、しかし若い声だ。聞きなれた声は、成実だった。近くに来るように言う。成実は無言で従った。軽い挨拶など知らないように、用件を述べた。この男らしい。彼のまっすぐさが、魅力的であった。政宗はときおり羨ましくも思う。
「愛殿が、お前に会いたがっておられたぞ」
愛は、政宗の妻である。しばらく会っていない。余生、これから会うこともないだろう。その顔を脳裏に思い浮かべた。年を重ねても、変わらぬ愛い顔である。長い間をともに過ごしたものだ。何せ、彼女嫁いできたのは齢十二、政宗は十三。互いをよく知っていた。それでも、愛姫は政宗に会いたかった。
「どうしても、会わぬというのか」
静かに、政宗は首を横に振った。
「わしは、もうすぐ逝くだろう。ひどい姿を、愛にだけは見せたくないのだ」
だから、己に迫るそれを、彼女には決して知らせないでくれ――




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史実とは異なります。





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