snuff out




今日の元就は機嫌が良くないらしい。不機嫌オーラが目に見えてしまいそうなほどだ。このときの元就の回りは、人気が少ない。女王がお怒りの際は、とばっちりを食らわないように、みな避けるものである。自ら駆け寄っていく人はなかなかいない。いないわけではない。元親はその数少ない一人だった。
「毛利、講義終わったか」
「うるさい、黙れ」
「そうか、終わったか」
「知らぬわ」
「そうか、今から帰りか」
はたから見たら一方通行のようだが、これでも会話は成り立っているらしかった。
「なら、俺のとこに来い!」
「誰が行くものか」
「よし、じゃあ行くぞ」
本当に、成り立っているのだろうか。
元親に腕を掴まれて、そのまま引っ張られていく。歩幅が違うので、元就の足取りが危ない。前のめりになる前に、腕を振り払った。そのまま離れていくかと思いきや、元親の隣を歩いた。別に一緒にいるのが嫌なわけではないようだ。
途中でコンビニに寄ってから、元親のマンションに入った。元就にしては珍しく、缶ビールを買っていた。やけ酒でもする気だろうか。あまり想像がつかない。
マンションのエレベータに乗り込む頃には、元就の不機嫌もなおりつつあった。これは幸いである。
リビングのソファに元就を残して、元親は他室へ消えた。仕方なく、元就はテレビを見て彼を待った。アナログテレビも、あと一年で砂嵐だ。いいところに住んでいるくせに、テレビがデジタル化していないことが不思議でたまらない。時刻は六時手前。あと少しでいつものニュース番組が始まる。あくびをしながら、ぼんやりとCMを眺めていた。画面の白い犬が、吠えずにじっと座っていた。
「夕食は何がいいんだ」
唐突な質問だった。いつの間にか部屋に戻ってきた元親が、フライパン片手に聞いてきた。世辞にも似合っているとはいえない。そんなことより、
「夕食など、我は聞いておらぬ」
このままでは、ここで一晩を過ごすような流れである。もちろん、元親はそのつもりである。多少の強引さは、必要なのだ。咄嗟に帰ろうとした元就を、元親が引き留めた。力だと、元親が勝っていた。諦めた元就は、缶ビールを開け、一気に飲み干した。
意外と家事が得意なのだ。元就よりはるかにでかい図体をした元親が、キッチンでフライパンを巧みに操っていた。自炊歴が長いからか、はたまた別の理由か。漂ってくる良い匂いに、元就は不覚にも腹が鳴りそうになった。
缶ビールはすでに飲み干した。テレビも気になるタイトルが無い。とくにやることもなくて、鞄から読みかけの文庫本を取り出した。夕飯までのいい暇つぶしになりそうだ。元就が本に没頭する姿をちらりと元親は、安心したように息を吐いた。
なんというか、読書中の元就は、格好良いと思った。様になっている。それは自分にはない、元就の魅力なのだろう。思わず元親がハンバーグを焦がしそうになったのは、ここだけの内緒の話である。
リビングのテーブルに夕飯が並んでいく。先ほど危うく焦げそうになっていたハンバーグには、ちゃんとニンジンとパセリが添えてあった。主食はシーフード・ナポリタン。美味しそうだった。それで、実際、美味しかった。
「和食にしようかと思ったんだけどな、あんま自信無かったから、無難にナポリタンになった」
そうらしい。作ってもらっているので、元親に対して文句はない。ただ、なぜ今日に限って、こうも強引なのかが気掛かりだった。元就が一人、悶々と考えていると、元親が唐突に立ち上がった。酒でも取りに行ったのだろうか。ついでにテレビも消された。もう見ていなかったので、再度電源ボタンを押そうとはしなかった。そのままで残りのナポリタンを食べ終わると、突然、部屋の照明が消えて、真っ暗になった。
「長曾我部、明かりを点けよ」
「ちょっと待った」
暗くても、自宅ゆえに不自由はないらしい。手に何かを持った元親が、ゆっくりと戻ってきた。その何かは、静かに、テーブルに置かれた。
蝋燭を指した、ホールケーキ。生クリームの上に、苺と、チョコレートのプレート。
 3/14 Happy birthday
元親の顔が、蝋燭の灯りで、向かい側に見えた。屈託のない笑顔で、おめでとう、と言ってきた。
どうすればいいのか分からなくて、元就はひとり、あたふたした。らしくもない。そんな彼に、元親は蝋燭を消すように指示した。戸惑いながらも、吹き消される蝋燭の火。照明を点けて、元親はケーキを切り分けた。
大好きなアンタへ、お誕生日おめでとう!





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ホワイトデー。




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