胎児のふりした木曜日



ずっと、何も知らないふりをしていられたら、どれだけ楽なことだろう。僕は、私は知らない。その一言で逃げることができたなら、どれだけ助かっただろう。

いつもの時間、いつもの場所、いつもの二人。まだ数日しか経っていない。それなのに決まった感覚がしているのは、なぜだろう。おそらくは、相手が慶次だからだ。暖かいカフェオレを飲みながら、ぼんやりと、半兵衛はそんなことを考えていた。
今日は生憎の雨だった。激しくはないが、小雨といえるほどでもない。半兵衛が講義を受ける三号錬からこの昼食スペースまでは距離がある。今朝慶次が貸してくれた折り畳み傘が重宝した。気が利く男であるらしい。優しい人であるらしい。半兵衛は小さくため息をついた。
「雨だもんな、わかる。雨って、なんだかテンション下がるんだよ。空気が、じっと、重いんだ」
そういう意味でため息をついたわけではない。勘違いだ、と思った。いや、もしかしたら、わざと、かもしれない。半兵衛にとって、慶次のさりげない気遣いが、歯痒かったりする。もっと強く当たってくれたっていいのに。
「……お前、疲れてる?」
目の下、くまができてる。言われるまで気がつかなかった。たしかに、この頃の半兵衛は、寝付きが悪くて、困っていた。原因は、わかっているから、なんとも言えない。
「……よし」
突然立ち上がった慶次は、なぜかどこかへ行ってしまった。すぐに戻ってきたかと思うと、半兵衛に携帯電話のディスプレイを見せつけた。インターネットのページで、楽しげなアトラクションの画像が写っていた。首を傾げる半兵衛に、慶次はにかっと笑ってみせた。
「明後日、暇か?」
「とくに予定はないけれど」
「じゃあ、決定だ。出かけようぜ、たまには息抜きも大切だ」
慶次と二人で、お出かけ。なぜか胸が高鳴るような気分に、半兵衛は知らないふりをした。深意はない、ただ、一緒に出かけるだけだ。







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