胸震え涙落つる




夫は、戦場から、怪我をして帰ってきた。包帯に滲む血の赤色が、痛々しくて、市は目を反らしたくなった。
布団に横になった彼の枕元に座りながら、静かな声で、名前を呼んだ。返事は、聞こえなかった。ちゃんと帰ってきてくれた、あなたの声を、聴かせてはくれませんか。
「長政さま」
「…………」
「長政さま、」
「……情けない私を、どう思う」
ようやく返ってきた彼の声に、覇気なんてものは微塵もなかった。どうして、なんてわかりきった質問を、わざわざ市は言ったりしない。たぶん、彼は、長政は、悔しいのだ。あの血生臭い場所において、納得した戦いができなかったから。つまり、悪を削除できなかったから、かもしれない。
「長政さまは、長政さまだよ」
「……そうか」
たとえ、このような状態でも、いつもと変わらない市に対し、長政は安堵していた。安堵を感じた瞬間、体から力が抜けた。緊張が解けたように、楽になった、そんな気がした。
「いたくない?」
「大丈夫だ」
「ほんとうに?」
「心配性だな、市は」
そして泣き虫だな。市の輪郭を長政の手のひらが撫でて、指先が目許に触れた。黒曜のきれいな瞳は、潤み、ぼやけていた。



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長市で長い文章は書けません。しかし、ぼつにはしない。

Pochi





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