守りたいから戦うのだ




その店が実は大名の加護を受けていることを、二人の若い忍びは知らない。霧隠才蔵は何食わぬ顔で茶を飲んでいた。もちろん、変装をして、だ。それなりに仕立てのいい着物は、商人のつもりだった。給仕するすみれは才蔵の義妹で、その様子を桐木が怖い顔で見ていた。平和だな、などと思いそうになる自分を、才蔵は律した。平和ではない。平和はまだまだ先の世のことだ。瓜の漬け物を運んできたすみれに、才蔵は文を手渡した。文には花押のような署名が記されていた。才蔵個人のものではない。里の、一族の暗号化された署名だった。それは今では才蔵とすみれにしかわからないだろう。
「吉衛門様、これは」
「もしものときになるまで、読まずに持っておけ」
茶碗とわずかな銭をおいて、才蔵は立ち上がった。それ以上、聞くこともできずに、すみれは客を見送った。文は袂に隠した。彼女は義兄の言うことを厳守する。

脇差と、隠し持っている忍び刀や小道具が、才蔵が今使える武器だった。
突然、石垣を越えて攻撃してきた忍びを、才蔵は体術で倒した。ついで忍び刀を握る。敵は一人ではない。こう堂々と仕事に勤しめる忍びは、才蔵たち浪人お抱えの者を除けば、あとは大御所の家臣くらいだ。
目をつけられるのが早いと思い、当然だとも思った。
「無事か、おい!」
木猿だった。得意の体術や毒で敵方を倒していく。手際の良さには感心した。
あとは一目散に逃げた。裏道を通り、遠回りで紀州に向かった。追っ手の気配はない。主君には兄夫婦の盾がある。それか頼みの綱だった。いざというときは、彼らにかばってもらいたい。
「すみれちゃんに、逃げ道は作ってあげられたのかよ、才蔵」
「あぁ、これが、出歩きの最後さ」
才蔵はもう、堺には入らない。浪人に仕える忍びとして、命を授けた。それが乱世に幕を閉じるため、弟子を生かすだと判断した。
「わしも、あいつとの約束を果たすときが来たかな」
木猿の独り言だとして、才蔵は何の相づちも打たなかった。





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空想アリア





 

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