見え透いた空言は優しくて、ほんの少しだけ泣きたくなった

戦が始まる。しかし、これが最後の戦だろう。千姫はそんなことを考えながら、静かだけれど騒がしい外を見つめていた。
「怖いのか、千」
おなごのように白く優しげな顔は、夫の秀頼だ。千姫も秀頼も、戦のことはあまり知らない。十年以上も昔のこと、関ヶ原の役ならまだ記憶にある。しかし、直接戦場に赴いたわけではない。それにまだ四つの稚児だった。今度の戦地は、この大阪だ。この豪華な城も、消えてなくなってしまうのだろうか。
「かつての西軍の侍供が、次々に大阪へ入っている。もう、戦は避けられぬのだ」
大阪、秀頼を総大将にたてた西軍豊臣と、将軍かつての五大老家康の東軍徳川。千姫は秀頼の妻であり、家康の孫娘である。豊臣の女として生きているが、やはり辛い立場であることに代わりはなかった。しかし、母が、強く生きていた。実母の江と秀秀御生母の淀殿は姉妹だ。浅井と織田の血が流れている。姉妹で袂を別った。二人の母は、強かった。千姫はその姿を見て育った。彼女のように、強く、立派な女になりたい。それでも、彼女はまだ十九の少女なのだ。
「安心せよ、千。我らは負けぬ」
いつもの優しげな笑みの裏で、秀頼は震えていた。千姫は気づかないふりをした。
「千は、私が護ろうぞ。だから、安心せよ」
「秀秀様こそ、不安にならないでくださいませ」
そっと手を握った。このあたたかさだけが生を感じる頼りだった。心に染みてくるのだ。ほろり、ほろほろ。もうすぐ雪がふりそうですね、なんだか寒いのです。


-------------
タイトルは、夜風にまたがりニルバーナ
淀殿三部作の続きという形で、千姫の話でした。脚色万歳。
-------------





そうして、自分は豊臣とともに滅びていくものだと思っていた。秀頼や淀殿と、大阪城ごと天に還っていくのだと、そう思っていた。
燃え盛る大阪城を背に、千姫は意図せずとも零れようとする涙を、必死に堪えていた。
どうして、どうして、どうして私を落ち延びさせたのだ!
徳川側の武士に護られながら、千姫は城を脱した。強制的に、有無を言わさず、徳川家康のもとへと連れていかれる。
(千を護るのは、秀頼様なのに)
心の隅ではわかっていた。あれは無理な話だった。

豊臣秀頼、御生母淀の方、自害。大阪夏の陣は、関ヶ原の役より十五年の歳月を経て、徳川の勝利に幕を閉じた。この間に、数々のドラマがあった。泰平の世には、何かしらの犠牲がある。
秀頼の側室の子で、奈阿姫という娘がいる。戦後処理において、彼女には無論死罪を言い渡されている。しかし、彼女はそれを免れた。千姫のおかげである。普段温厚な彼女が、家康に直接助命を嘆願した。その姿から、彼女の強さが見えた。ただ大人しく振り回されるのが女ではない。強い意思があるのだ。生き延びた奈阿姫は千姫の養子となり、その後出家して天秀尼と名乗った。豊臣家の血を、絶やしたくなかったのだろうか。それか祖父への精一杯の反抗か。
千姫はといえば、本多忠刻に再嫁し、子を設けた。夫婦仲は良好だった。しかし、嫡子の早世、流産など、子宝に恵まれることはなかった。これは豊臣秀頼の祟りではないか、と奇妙な噂が流れた。しかし千姫は気にしなかった。秀頼はそんな人間ではなかった。誇って言える。反豊臣の多いなか、千姫は豊臣でのことを忘れなかった。
気丈に生きようとした千姫は、江戸にて、七十年の生涯を終えた。号を、天樹院という。




 

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -