リコリスは許さない



ひとつの戦が終わった。徳川対豊臣、最後の戦だった。江戸の城にて、二代将軍秀忠の妻江は、使いの者より話を聞いていた。
「姉上は、お亡くなりになりましたか」
豊臣家当主秀頼の母である淀殿は、江の姉だった。彼女は太閤秀吉の亡き後、豊臣家の象徴として大阪にいた。姉妹で敵味方にわかれてしまったが、それはいまさら問題ではなかった。燃え盛る大阪城で、淀殿は秀頼とともに自害したらしい。その亡骸はまだ見つかっていない。
「御台様、あまり、気に病まないでくだされ」
若い男が言った。
「気になど、病みません。姉上は、母上と同じ終わりを迎えたのでしょうね」
母とは、越前北之庄にて、柴田勝家とともに自害した、お市の方のことだ。今はその顔も忘れかけている。ただ、美しかったことは、忘れられそうにもない。
何も言わずに、江はそろりと立ち上がった。
「御台様、どちらへ、」
「……厠です、着いてくるというのですか」
不機嫌そうに言った江に、男は羞恥で真っ赤な顔を隠すように、平伏した。女として、そのような言葉を口にした、江のほうが余計に恥ずかしく思っていた。
厠など、所詮、嘘だった。部屋から出て、外の空気を吸った。庭先には、名前も知らない赤い花が咲いていた。わずかな風にも花は揺れる。思わず泣きそうになるのを、江は必死に堪えていた。




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人は、時勢に、勝てない


「沈丁花は死に染まる」とリンクしているとも推測可。





 

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