やってられっか


小早川秀秋の目が、一人の青年を捉えた。
「秀秋様?」
「そなた、あの者を知っておるか」
秀秋は扇で先ほどの青年を指した。偶然か、従者は彼に思い当たる人物がいたらしい。
「おそらく、仙台潘伊達政宗公の家臣、片倉重綱殿かと思われます」
袖の九曜紋、端整な顔立ち、片倉重綱である。話したわけではない。ただ一方的に、秀秋が重綱を見かけただけの出会いだった。
それからまもなくして、仙台藩主伊達政宗のもとへ文が届いた。差出人は、小早川金吾中納言秀秋だ。目を通す前から、政宗は楽しそうな顔をしていた。何やら、おもしろいことが書かれていそうな、そんな気がした。彼は退屈を嫌い、粋を好む傾奇者である。実際に文を読むと、やはりおもしろいものであった。小早川秀秋、噂通りの男なのか。
惚れたから片倉重綱殿をお貸しいただきたい。
これはまた、唐突な願い出ではあるが、政宗はあまり気に止めなかった。
小早川秀秋といえば、最近体調を崩していると聞く。それでもなお、色事を忘れない男なのだろうか。あっぱれ、と政宗は秀秋を笑った。これはこれで、粋な男だと評価しているようだ。
そうして政宗は、あろうことか、重綱本人の了承を得る前に、返書をした。もちろん、お貸ししますよ、と。
「ふざけんじゃねーよ」
「小十郎殿、それ、くれぐれも政宗様の前では言わないでくださいね」
伝令役の自分の首が跳びそうです、と景頼が冷や汗をかいた。
白石城の一室にて、重綱は景頼の一件の話を聞いた。そして一言、ふざけるなと叫んだ。いくら主君からの命令であろうと、こればかりは嫌だった。直接会ったこともない男の閨のために上洛など、冗談ではない。
咳払いをしてもとの冷静な人柄に戻す重綱は、父親譲りの威厳をもって断言した。
「私は会いになど行かない。お屋形様に伝えてほしい」
景頼は苦い顔をした。
「しかしながら、政宗様はすでに、返書しちゃってますよ?」
お貸しします、と明記してしまっているのだ。ばきっ、と扇子が折れた。言うまでもなく、重綱の扇子である。普段から冷静沈着であり、めったに怒りを露にしない重綱が、珍しく怒っていた。
「出奔してやる!」
「……え、冗談じゃないんですか?」
実際に、重綱は寺に籠り、しばらく出てこなかった。重綱の行動に対し、一番困ったのは政宗だ。そしてもう一人、悩む男がいた。
「誰の影響を受けたのだ、重綱よ」
父親、景綱である。外で重綱と景頼の会話を盗み聞きしながら、小さく頭を抱えた。



---------------

seventh heaven
注意、これは史実を元にしたフィクションです。

ちなみに、ここに登場した景頼さんについて、紹介。

屋代景頼/重綱と同世代、少し年上
いわゆる屋代景頼(伊達成実出奔時に妻子を殺害したとされる)とは別人になります。つまり、オリジナルキャラクターのようなキャラクターです。
名目は二代目屋代景頼。初代は上の人とする。血縁関係は謎。政宗にこっそり仕える、忍びのような存在。同世代ゆえに、重綱とは親しいらしい。



 

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -