季節外れの桜吹雪



そうだ、これは幻である。しかし、わかっているつもりでも、わかっていないようだ。桐木の目には、桜並木が映っていた。桃色の花弁を撒き散らしている。その木陰に、無防備なすみれが眠っている。誘われているような、そんな錯覚を覚える。
これは幻覚だ。まやかしだ。しかし、桜は視界から消えてくれない。
「、降参だ」
桐木が忌々しげに舌打ちをすると、ようやく、幻術は消えた。
後ろから、桐木よりもずっと年上の、しかし若々しい体躯の男が現れた。桐木は彼を知っている。
名を、才蔵。霧隠と噂される伊賀の忍び――
才蔵はクスクスと笑っていた。
「やぁ、久しぶりだな、桐木」
「…………」
「黙りはつまらないな」
それでも、桐木は無言を貫いた。才蔵は余裕の態度を崩さない。
「どうだったかな、桜は。きれいだった? いや、きれいだったのは、桜じゃなくて、すみれのほうか」
わざとらしく、才蔵が言う。どうやら、妹のことが、相当可愛いらしい。
ちっ、と桐木の舌打ちが聞こえた。彼は才蔵を睨むように顔をあげた。
「あいつは、きれいなんじゃなくて、可愛いんだよ」
自分でも、何を言っているのか分からなくなる。ただ、才蔵に対しての敵意が、いっそう強まっていた。そもそも、なぜ敵意を抱いているのか、いまさらながら、不思議に思った。
これ以上いるのも辛くなって、桐木は地を蹴った。忍びの歩法で、素早く去っていく。才蔵の顔を見ないように、と。追ってくる様子はなかった。
今日は店に帰りづらくなった。一晩だけ、遊女屋にでも入ることにしよう。走りながら、桐木はそんなことを考えていた。考えていたら、周りが見えなくなったようだ。姿勢を崩し、地に倒れた。忍びとしてあるまじき失態だった。
「かっこわるいわな、は、」
――忍びのくせに、情けない
桜の花びらの中で、すみれが仁王立ちしていた。霧散する、淡い色のまやかし。
桐木はしばらく、自嘲するように、低く、笑い続けた。





-----------------

Seventh Heaven

霧隠才蔵登場。最初は優しい兄設定でしたが、どこかに消えました。すっかり、サドです。






 

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -