木色の情



『そこの忍びよ、本気で殺したいと思ったやつがいるか』
いつのことかは覚えていない。数年前に雇われて入った屋敷で、侍大将の男に聞かれたことがあった。あのときの桐木といえば、いつになく感情的で、それなのに無表情をしていた。
『いますよ、葬りたい男が一人ね』
男はこういう生き物だろう。真顔で言うものだから、侍大将は呵呵と笑った。見た目に反して感情的な桐木に対し、侍はどう思ったのだろうか。

「あの男」を葬ってやりたい。その気持ちは今でも変わらなかった。
今日は「あの男」が店に戻ってきた。その影響か、すみれはずっと笑顔だった。桐木の前では絶対に見せないような表情だった。舌打ちをして、仕事を抜け出し、桐木は町から離れた森の中へと逃げ込んだ。敷布の上に寝転がり、何も考えないように目を閉じた。
「ここは、わしの領域だと言ったろ、坊主」
真上からやや高めの、男の声が降ってきた。怒っているわけではなく、呆れているような声だ。誰かは見なくても解る。目を閉じていて正解だった。急に、あの顔に視界を塞がれるのは、なんだか悲しい。愛嬌のある顔であり、けして醜いということではない。問題なのは、こいつと「あの男」が盟友(ただの腐れ縁かもしれない)だということだ。だからあいつを思い出して、むしゃくしゃしてくる。無視をするように、桐木は寝返りを打った。
「かっちーん」
男は桐木の傍にしゃがみ、彼の頬をつねった。これは痛い。さすがの桐木も目を開けた。
「この木猿様を無視するたぁ、偉くなったな、坊主」
「……木猿さん、察してくれや。ここは同じ甲賀者のよしみでよ」
「何を言う。お前は伊賀者だろうが。さすがは楠木の倅だな。ひねくれてやがる」
楠木、と懐かしい名を聞いた。木猿にとっても、楠木は印象深い忍びだったらしい。その楠木は、先の戦で死んでいる。
「だいたいは解るぞ、坊主。あいつが帰ってきたから、すみれちゃんを取られて拗ねてんだろうな」
図星だった。らしくもない。あー、とか、うー、とかおかしなうめき声が出ていた。上半身を起こした桐木は、顔を隠すように膝を抱えていた。後ろ手に、風の音が聞こえる。
恋ってのはそういうもんなんだよ、と木猿が桐木の肩を抱いた。放っておいてほしい、と桐木が木猿の手を払った。
「だいいち、俺は恋なんざしてないかんな」
「意地っ張りだなぁ、坊主は。楠木とはえらく違うわ」
認めたくないのだ、自分が恋なんて洒落たものをしているだと――





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テーマは「桐木の恋」でした。「情」は「こころ」と読む。
木猿のモデルはもちろん、猿飛佐助だよ。楠木は作中にある通り、桐木の父さん。
ちなみに、楠木・桐木は忍びとしての名であり、本名ではございません。この親子に関しては、いろいろ裏設定があるんで、そのうち書いていきたい。






 

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