おもひでがたり

関ヶ原にて西軍が負けてから、もうどれだけの月日が経ったであろうか。真田が九度山に流されてから早数年。この暮らしにも、自然と慣れてきた。
陽当たりの縁側に座り、安岐が自ら裁縫をしていた。裾の破れた衣服も、こうして繕えば、また着れるというもの。今日は天気が良い。庭先に干された白栲を見れば、自然と心が和んだ。
「手が止まっておるぞ、安岐」
ぽん、と肩に手を置かれた。安岐のすぐ傍に、幸村が腰を下ろした。彼はいつものように笑みを浮かべている。それだけなら、本当に武士かどうか分からなくなりそうだ。
「あら、お前様。ご機嫌麗しゅう」
「うむ」
お茶を用意した方がいいかしら。立ち上がろうとした安岐を幸村が制した。お茶はいらないらしい。
「天気も良いからな、外へ出て散歩でもしようかと思ったんだがな、ちょうど安岐の姿が見えたゆえ、こうして来てみた」
たまにはゆっくりと話をしよう、と幸村は言った。安岐の頬は淡く染まった。やはり、彼と一緒にいれることが、どうも嬉しい。どういう状況下であれ、彼がいるならば、頑張れる。だから安岐は、苦しい家計を、支えるために自ら仕事に勤しむのだ。
「散歩にございますか。ならば、大介らを連れていかれてはいかがでしょう。彼らに、父直々に学をお教えくだされ」
大介だって、たまには父と遊びたいだろう。母親らしい安岐の言葉に、幸村は頷いた。しかし、それは了承したという意味ではなかった。そのくらいは、安岐もわかっていた。そういう人だ、この男は(なかば諦めに近い)。父の代わりといっては何だが、普段は年の近い佐助らが遊び相手になっていた。
「大介らとはまた今度にしておこう。今は安岐だ」
「わたくし?」
「そうだ。ついて参れ」
幸村は安岐の手を握り、強引に引っ張っていった。置きっぱなしの裁縫道具は、一部始終を見ていた阿梅が片付けてくれた。

「幸村様、こっち!」
小柄な体の少年は、我が物顔で木の枝に座っていた。それなりの高さがあるが、彼にとっては何の傷害にもならないようだ。すとん、と飛び降りた彼こそ、佐助である。幼さの残る顔をした彼だが、真田に仕える腕のたつ忍びである。
「ちゃんと、見付けておいたよ」
「よぅやったの。案内を頼む」
「合点承知っ!」
展開のわからない安岐は、幸村の隣を、首をかしげながら歩いた。
「心配するな。別にあやしいところに連れていくわけではないのだから」
あやしいところとは、何でしょうか。この羨福家め、と心中で悪態を吐いた。そんな彼に自然と惚れてしまったのは、紛れもなく彼女、安岐である。
連れてこられた場所は、屋敷からそう遠くなかった。美しい景色に、安岐は思わず息を飲んだ。赤く色付いたモミジが、風にのって、ひらひらと舞っているのだ。屋敷から出ることがないため、近くにこのような美景があったとは知らなかったのだ。
「のぅ、たまには、わしと散歩するのも、一興だろう」
返事の代わりに、安岐は幸村へ笑顔を向けた。

「あのときのモミジは、とても趣深かったわ」
小さな庵におかねと二人、安岐は話に花を咲かせていた。語るのは主に母である安岐で、おかねはおもしろそうに聞いていた。母から父の話を聞けるのは、なかなか珍しかった。
「ねぇ、母様。そのときの父様は、どんな顔をしておられたの?」
「そうね、いつもと変わらなかったわ。他のおなごのことでも考えていたのかも」
おかねはあからさまに嫌な顔をした。雰囲気がない、とここにいない父に文句を言った。
『安岐の名は秋に響きが似ているな。これはそなたへの無償の贈り物だ』
安岐は美しいな。あのとき、幸村がそう囁いてくれたとこは、娘には内緒にしておこう。





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真田幸村と安岐の話と思わせて、結局は安岐だけのお話。
史実、というより、そこにいる方々に、こうあってほしいかな、と。そんな感じ。






 

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