不器用な親子の話

「私はどうやら、父上が苦手なのかもしれません」
質素な部屋で、左門はぼそぼそと言った。向かい合い話を聞いていた成実は、一瞬目を見開いた。しかし、それだけだ。幼い彼を咎めたりはしなかった。
左門は片倉小十郎景綱の嫡男だ。いずれは家督を継ぎ、父のように立派な武将となるのだろう。
そんな彼は、烏帽子親である伊達成実を、尊敬し、絶対な信頼を寄せていた。それゆえに、相談にのってもらうことも、しばしある。
「父上は私をお嫌いなのではなかろうかと、そんなことを考えてしまうのです」
「そうか」
成実はまだ幼い左門の頭をかき撫でた。しっかりした子供。これも小十郎の教育あってのことだろうか。しかし、子供であることに変わりない。まだ親が恋しいのだ。
「左門は、小十郎が嫌いなのか?」
「ち、違います!」
慌てて左門が否定する。顔が今にも泣きそうだ。
「なら、素直に気持ちを言ってみればいいんだ。小十郎に直接、な」
「素直に、」
そこで先ほどの突然の声に驚いたのか、近くを通りかかった綱元が襖を開けた。
「どうしたんだい、まったく」
「つ、綱元殿……!」
「左門? 成実、子供相手に何をしたんだっ」
「違います、誤解です、綱元殿っ!」
「問答無用、成敗!」
「そんなぁっ」
そんな大人は視界に入らず、左門は父のことを考えていた。

父は主君伊達政宗のもとにいる。そう聞いて、左門は廊下を早足に歩いた。角を曲がって、政宗の部屋はすぐそこにある。大人しく外に座り、小十郎が出てくるのを待った。素直に自分の気持ちを伝える。成実に言われたことを、何度も心中で繰り返した。
「左門? お前、ここで何をしている」
部屋から出てきた小十郎は左門に気付いて、驚いたような顔をした。しかし、左門には、若干の怒りを含めているように見えた。
頭を下げてから、左門は口を開いた。
「父上、左門は父上に申したいことがあり、やって来ました」
「それだけで、ここまで来たのか? ここは政宗様の前だぞ」
場を弁えろ。父はそう言っているのだと、すぐに理解できた。失敗した、と俯いた。
「気にすることはあるめぇよ、小十郎」
右目に黒い眼帯、派手な着流しを纏った妙齢の男、彼こそ伊達政宗。独眼竜と謳われる、我らが殿だ。
左門は慌てて頭を下げた。
「畏まるなよ、左門。久しいなぁ、元気にしてたか。わしは部屋を出る。ここを自由に使えばいい」
にこりと笑った政宗は、成実と同じように、左門の頭を撫でていった。
政宗の姿を見送ってから、親子は部屋に入った。さすがに広い主君の間に、左門は緊張した。先に口を開いたのは、小十郎だった。手短に用件を申せ、ということだ。一呼吸してから、左門は思っていたことを口にした。父に嫌われてはいないかという不安、そこから派生する苦手意識。手短には説明できなかった。しかし小十郎は怒ったりはしなかった。そうか、と呟いて、押し黙った。
「父上は、私をお嫌いですか?」「左門」
「私は、私は、父上が大好きです。尊敬しております……!」
精一杯、小さいながらに叫んだ左門は、きゅって目を瞑った。両手は袴を握って、そこにはしわがよっていた。父親からの返事が聞こえず、どうしようもない恐怖を感じた。あぁ、父上に迷惑をかけてしまった。顔を上げることができなかった。しかし、左門の心中とは裏腹に、小十郎は怒ってなどいなかった。そっと、音もなく左門との距離を詰めた小十郎は、子の頭をかき抱いた。ぽつりとぼやいたように聞こえたのは、「ありがとう」という父の柔らかな声音だった。



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史実とは時間軸等が大きくパラレルしているとお考えください。



 

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