石田三成


「殿、」
厳かな声で、左近が三成を呼んだ。三成は左近に背を向けたまま、動かなかった。じっと、黙して立っていた。
「吉隆殿が、討たれ、た」
大谷吉継のことだ。吉継が、死んだ。その知らせには、さすがの三成も涙せずにはいられなくなった。しかし、彼はその涙をぐっと堪え、平然な姿を装った。実質的な総大将は自分なのだ。その自分が倒れたら、西軍は負けてしまう。今は亡き秀吉様のために、負けるわけにはいかない。
「殿、俺の、殿よ」
「左近?」
「俺が、出る。俺が出て、東軍を、負かしてこよう」
「策はあるのか?」
「俺を、誰だと、思っている。軍師、島左近、という。石田三成の、頼れる武士(もののふ)だぜ」
左近がにやりと笑った。本当に、頼れる家臣だ。
采配を振った。左近が出陣する。先立った親友のように、左近までもが逝ってしまいそうで、たまらなく怖かった。情けないと思いつつ、恐怖はどうにもならなかった。
死ぬのは怖くない。秀吉様の恩義に報い、死ぬことができるなら、最上の喜びだ。怖いのは大事な者が死ぬことだ。
(紀之介よ、申し訳なかった)
吉継の死は、自分のせいかもしれない。危険だと分かっていて、親友として見方についてくれた。欠点の多い自分に、そっと助言をしてくれた。残りの命を、使ってくれた。あぁ、戦とはこういうものなのか。心のうちで、そっと、吉継の冥福を祈った。
「三成様!」
傍らに黒い影が降り立った。忍びの初芽が呼吸を乱している。慌てて飛んできたようだ。
「どうした」
「お逃げください、三成様! もう西軍は限界です……っ」
このままでは三成が危ない。主君三成を第一に考える初芽が、悲痛な声で叫んだ。
彼女が生きているのは、三成が拾ってくれたお陰なのだ。命を奪いにきた自分を、あろうことか忍びとして雇ってくれた。本当は優しいこの人に、いつの間にか惚れていた。その方を死なせるわけにはいかない。初芽が今考えているのは、その義務感だけだ。
「初芽よ」
短く切ってしまった初芽の髪を、三成がそっと撫でた。
「お前は、どうするつもりだ」
「三成様が無事に隠れられるように、私は敵を撹乱します」
「死ぬつもりか」
「死ぬ、かもしれません。けれど、あなたのために死ねるのなら、初芽は幸せです」
あぁ、そうか。ここにいる誰もが、誰かのために命を使っているのか。
左近は三成のために、
初芽も三成のために、
三成は、秀吉のために
(秀吉様のためだけじゃない)
吉継や左近、初芽、それぞれのために、この命、無駄にはできない。ここにきて、三成はようやくそのことに気付いた。
「初芽、お前も来い」
「しかし、」
「左近がいない今、お前がいなければ、誰が儂を護るのだ」
してやったり。三成が笑った。そんな彼に、初芽は、絶対に護ります、と誓った。
九月十五日、天下分け目の関ヶ原の戦い。
石田三成は初芽局を共に本陣を抜け出すも、すぐに東軍の武将に見付かり、捕まってしまった。その際、初芽局は死亡。味方の死を目の当たりにしつつ、三成の目は輝きを失わなかった。捕まってなお、諦めはしなかった。
島左近は銃弾を食らうも、死に物狂いで戦線を離脱。主君の思いを背負い、十四年の歳月を経て、再度戦場に立つことになる。
勝利を納めたのは東軍総大将徳川家康。これから三年後、江戸に幕府を開き、天下統一を成した。




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関ヶ原の戦い、サイド石田三成。ちゃっかり初芽が死んでいますが、なんとか生き延びていると思います。左近は生き延びた説をプッシュ。








 

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