別れ道 ―幕間―



茶屋の裏手から、桐木は中に入り、勝手にいたすみれを呼んだ。旅装束で帰ってきた桐木に、すみれも何かがあったのだと推測した。声を潜めるすみれに、桐木も低く笑った。
「『いざ』っつー時が近いぞ、すみれよ」
「……兄者の、」
「ありゃ、遺言じゃないのかい」
パシン、とすみれが桐木の頬を張った。その音はさすがに目立っていて、桐木はまた笑った。それは余計にすみれの癇に障った。
「馬鹿だな、お前、この十年、戦に出なかっただけで、そんなに甘くなったのか」
「違う」
「何が違うんだ、それでは戦えまい」
「戦う……、いくさ、豊家か?」
「他に何があるんだ」
腫れた頬をそのままに桐木はすみれの懐に手を伸ばした。すみれが慌てるより早く、文を奪った。霧隠才蔵が義妹に残した便りだ。その内容は、桐木には薄々わかっていた。
「天変地異でも起こらない限り、西(豊臣軍)は負けると、俺はそう思うんだがね」
お前はどう考える、と聞かれて、すみれは思案した。豊臣の西軍か、徳川の東軍か。落ちぶれた大名家か、将軍家か。
「……桐木、あんた、兄者がどこにいるか、知ってるの?」
「知って、どうするつもりだよ。戦う、とか言うなよ、お前の技が通じる戦場は、もうないさ」
桐木は文を開いた。書かれていたのは、すみれと、桐木への、これから起こる戦の忠告だった。決して戦に関わらないこと、怪しまれる前に店を出て里へ帰ること。ご丁寧に、身寄りのない若者二人に、奉公先まで用意してくれたらしい。桐木は笑った。
「すみれ、お前はこのまま里に帰れ。うまいことどっかの養女にでもなって、嫁いでしまえ」
「……馬鹿にしないで。あんた、兄者のところに行くのなら、私も連れてい、」
「俺はあいつのところには行かないね、絶対、嫌なこった」
「ひとりで何をする気なわけ」
「……お前には関係ない。とにかくお前は帰るんだ、それがあいつの、指示だ」
いいか、帰れ、着いてくるな、と桐木は釘を刺した。すみれは口を開けずにいた。何も言えないまま、桐木が店を去っていくのを、じっと見ていた。








 

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