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想いはいつか・壱【影身の声】

(2010/04/21)



朱塗りの十文字槍が、悲鳴をあげていた。数多くの戦をともにしてきた愛用の武具である。今まで無理な戦いをしてきたからだ。もう少しだけ、付き合ってほしい。この戦が、最後なのだから――
真田幸村は広い間の中央に座し、神経を研ぎ澄ましていた。その手に二槍を握ったまま、じっとして動かない。


「――旦那」


厳かに響く聞き慣れた声。襖の向こう側に、猿飛佐助が降り立った。


「佐助、任務、ご苦労」
「やるべきことをしたまでさ」


声を発したものの、やはり幸村は身動きしなかった。
精神集中を邪魔するのはよろしくない。報告は要項だけにして、佐助はすぐさま場を離れた。といっても、屋敷の屋根上に身を寄せただけだ。
戦場の臭いがここにも届いていた。今回のは、やけに酷く感じる。気持ち悪い、気持ち悪い。こんなもの、今まで数えきれぬほど嗅いできたはずなのに。
わずかに、風が起きた。
俯く佐助の背後に降りたのは、金糸の髪のくのいち――かすがだった。彼女は上杉謙信亡き後、行方を眩ませていた。佐助も探そうとはしなかったが、生きていると信じていた。殉死なんて、させたくなかった。郷へ戻れないかすががどこに潜んでいたのかが気になるけれど、無事を憂い、聞かないことにした。


「相変わらず、良い女だよ、お前は……」
「しおらしい顔をするな。猿飛佐助、だろ、お前は」


俺様だからこんなことをするな、なんて――理由がおかしいぞ、と佐助は声だけで笑う。


「なぁ、かすが。お前は軍神と別れたとき、どう思った?」


しばらくの間をおいて、かすがは、分かりきったことだ、と答えた。


「悲しかったし、辛かったし……、何よりも悔しかった」


自分を拾ってくれたただ一人の主。美しき剣と呼び慕ってくれた越後の軍神。ずっと仕えていた。これからも仕えていくと決めていた。
護れなかった。尊き命の灯火を、消してしまった。繋ぎ止めることが出来なかった。
苦しかったはずなのに、謙信公はそれを感じさせなかった。


「笑っていたんだ、謙信様は。穏やかに、笑って、逝ってしまわれた」


佐助はかすがをそっと抱き寄せて、背を叩いた。悪かったな、嫌なことを思い出させちまって。


「俺も、そう思うのかもしれないな……」


戦の結果に関わらず、佐助が幸村といられるのはこれが最後だ。この戦の終わりは、すなわち乱世の終わりを意味する。終止符を打たれたら、いくさ忍びの必要は無くなる。つまり、佐助は幸村の元を去る。
ずっと傍にいた主人から離れるのは、寂しい。そう思うのは、忍びとして、失格ですか?


「別れは、いずれやって来るものなんだ。その時まで、佐助、お前は真田を護れ。先に、逝かせるなよ」


忍びなら、そのくらいやってみせろ。
かすがはそれだけを告げに、ここまで走ったようだ。


「お前に言われなくたって、そうするさ。俺様を誰だと思ってんだ」


日本一の兵、真田幸村に仕えた忍び頭。佐助はいつもの調子でうたった。


「さよならだ。もう会わないだろうから、そう言っておく」
「寂しいこと言うなよ、かすが。俺はお前に、また逢いたい」
「御免被る」


さよなら、かすが。もう忍びでなく、普通の女として、幸せになってくれ。





「佐助、今、かすが殿がおられたのか?」
「……旦那の見間違いさ」
「そうか……」
「ねぇ、旦那」


(俺は俺の為に、旦那を護る為に戦うから)


だから、旦那も旦那の為に、悔いのない戦いをしてくれよ。





影身の声




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