一次創作
参り奉るところ

(2011/07/04)

注)イメージは平安末期ですが、日本史はまったく関係ありません。




参内したついでというわけではないが、中宮であられる姉上のもとを訪れることになりました。通称藤壺と呼ばれる飛香舎で、姉上は待っていらっしゃいます。父上の関白は別用があると、私の知らぬところへ向かわれました。つまり、慣れぬ内裏を、私は一人で歩くことになってしまったのです。幸いにも途中から、姉の女房が案内をしてくれたました。それがなければ、私は広い内裏をさ迷い、宮仕えする方々に怪しまれていたかもしれません。
ほっとして女房の後ろを着いていた矢先、私は誰かの衣擦れの音に、気をとられました。私でも、前を行く女房のものでもありません。いったい誰が、と考える必要もありません。庭に一人の姫君がおられました。顔を衣で隠しながら、藤壺を見つめていらっしゃいます。私たちのすぐ目の前にある局で、つまり目的地です。無礼だとわかりつつ、私は姫君に目を向けていいました。まだ年若いお方でした。顏はよく窺えないけれど、匂う、やんごとなき姫君だと思います。私の視線に気づかれた姫君は、お付きと女房に連れられ、庭から上がられました。いったい誰でありましょうか。御上の女御や更衣にしては若すぎるようですし、ましてや宮のはずがありません。御上には皇后泰子様との間に皇子が二人ほどいらっしゃる。姉の中宮はまだ子を成していらっしゃらないのです。
「藤壺様がお待ちでございます」
「…………」
「もし」
「あ、あぁ、申し訳ない、えぇと、」
「伊吹と申します。どうぞ、中へお入りください」
虎視眈々と笑みも見せない女房に、初対面で苦手意識ができていました。私としては、そう、よりおおらかで、優しげな顏の女性が理想なのです。
たとえば、そう、
「よくいらしましたね、清長殿」
姉上のような。
御簾を上げて、姉上は私に顔を見せてくださいました。衣に焚き付けた伽羅の香が麗しい。清らかなる顏は、他の女御や更衣よりも匂いたっておられる。自慢の姉上です。
「久しぶりですね。職務に励む様、立派だと聞いています」
姉上にそう言われると、どうも頬がほころんでしまいます。私もまだまだ子供ということでしょうか。

「ところで姉上は、とある女性をご存じでしょうか」
私が姉上に尋ねたのは、先ほど見かけた姫君のことです。父上には聞きづらいけれども、姉上ならと思ったからです。小柄な体躯に、上質な衣、緑の髪、姿を思い出しては、何やら不思議な気分になります。
何を思ったのか、姉上は笑っておられました。傍に侍る伊吹殿は相変わらずの表情で、並ぶと対照的です。
「玉簾様ですよ、清長殿。御上の妹君でいらっしゃるの」



「朽葉、いないかな」
「はい、姫宮様」
近頃の姫宮様は憂いた顔をしていらっしゃる。その本当の理由を、私は知らない。
「私も、ここを去ることになりそう」
それはおそらく、臣下に嫁ぐということだ。御上の妹君にあり、たぐいまれな美貌をお持ちの姫宮様は、政治の道具にされてしまう。摂関家が政治を執り行う世ながら、影では武家の者が台頭し始めている。目まぐるしい世になりそうだ。





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