失神症候群





「良樹」

「ん」

「好きだよ」

「ふーん」

夕焼けに染まる帰り道、少し先をゆく背中に小さく言葉を投げた。たった四文字の中に込められた情愛と性別の壁を超えるコトの重大さに比して、それはあまりに平凡な響きだった。

「ふーんて、他に言うことないのかよ?」

「ない。思いつかねー」

「…つまんないの」

返ってくるのもなんとまぁぞんざいな返答で。世間話じみた声音に倦怠の色を嗅ぎ取った俺は、不満の感情を惜しみなく表現する。
だがさほど効いた様子もなく、澄ました後ろ姿は今日も振り向いてくれなかった。

非凡なはずのやりとりが常態と化してしまったのはいつからだろうか。
いちばん最初の告白で、なるべく自然体でいこうとしたのがダメだったのかな?
想いを伝えたくて、けど今の関係を失うのも嫌で、予防線を張りながらそれとなく口にしてみた。……そしたら。

――普通はそりゃ嫌いな奴とつるんだりしねぇだろうよ?

なぜそんなことを聞くのかと言いたげに怪訝な顔をされた。慌てて言い直したら今度は冗談扱いされた。
違うよ、そうじゃなく……困惑する俺の願いもむなしく、そこから先は押せども引けどもの無限ループ。ほんとに分かってないのか、わざと誤魔化してるのか、良樹は一度だって「返事」をくれたことはなかった。

聞いてはいるけど「その先」がない。具体的にはイエスかノーか。受け入れるのか拒絶するのか――。
肝心なとこが判らないからいつもモヤモヤ。正直、疲れ始めていた。

諦め切れない理由は、想いを風化させたくないから。俺の中のアイツの存在が余りに大きく、大事で、消し去りたくないと否が応でも望んでしまう。

出来ることはひとつだけ……ただただその日常を繰り返すこと。それだけなのだ。

「良樹はさ、」

再開。沈黙は許されない。通学路の途中で別れるまで、残された時間は少ない。

「……好きな人とかいるの?」

ちょっと変化球を投げてみる。「いる」と言われれば退く、という後ろ向きなやり方だけど。それでも何も解らないよりかはマシだった。

「ンなこと知ってどうする」

歩くのも止めずに良樹が問う。チラとも視線を寄越さないので、少し腹が立った。思えば二人一緒の帰り道も、並んで歩くことはなくなっていた。

「好きだから気になる」

「…じゃあ言わねー」

「なんでそう意地悪するんだよ…」

「うっせ。俺の勝手だろ」

……結果はまぁ、予想通り逃げられたけど。ただそれまで無関心を貫いていた声に苛立ちが混ざるのを聞き、俺は意趣返しにと鼻を鳴らしてやった。

――まったく。あんまり人の気持ちをないがしろにするもんじゃないぞ?どれだけ「好き」という言葉が氾濫しても、胸の奥にある心はいつだって真剣なんだから。

向き合ってほしいだけなんだ。男で親友とか、そういう前提条件を取っ払って「お前が好きだ」と言いたい。たとえ世間体が悪くても、当の本人にだけは、この恋を認めてもらいたかったんだ。

だからさ、こっち向いてくれよ。俺のモノになれなんて大層なこと言わないから、せめて目を合わせて……お願いだ。
でないといつか、押し殺してきた赤黒い欲望が暴走してしまうだろうから。祈るように歯を食いしばると、不意にかかる声に意識が上へと引き上げられた。

「――哲志」

「……あ」

見ればそこはもう古ぼけたアパートの前。振り返った良樹が自分の部屋を指し示して立っていた。

「そんじゃな」

「うん…また明日」

言われるがままに手を振って応える。今日はここまで。収穫はなしか。ゆるりとため息を吐いて俺は背を向けた。

明日もまた、同じことの繰り返し。いつまで続くのかな、あと何回「好き」を紡げば相手に届く?

ぐるぐると自問する。けれども答えなんて出るはずもなく、巡る思考を強制シャットダウン。
だがひとり家路につこうとした俺の背に、呼び掛ける声があった。

「……なあ!」

立ち止まり二階を振り仰ぐと、鞄から鍵を出した状態で良樹がこちらを見ている。

「何だ?」

聞こえるように声を張り上げると、一拍置いて、思いがけないことを向こうから訊いてきた。

「あしたの昼、食べたいモンある?」

道路側の柵から身を乗り出し、さも当たり前という風で。脈絡のなさにポカンと呆けていると、「無いならいいけど」と戻ろうとするので慌てて追いすがる。

「コロッケ!カニクリームの…」

「はいよ」

「…つくってくれるのか!?」

「今日はバイトないから余裕がある」

短く受け答え、用はそれだけだと言わんばかりに引っこんでいく。それ以上話しかけようにもタイミングを失い、鍵を開けて扉の向こうへ消えていくのをボサっとつっ立ったまま見送った。

そうして内側からクレセント錠が回るのを聞いてようやく、俺は溜めこんでいた息を吐き出したのだった。

(あの……バカ)

ぺたり、顔を覆った。じんわりとした熱が頬に広がる。微かな声で呟いた。ああもう、お前はこれだから……。

良樹は、普通だった。告白する前と変わらず、俺を遠ざけたり嫌がったりせず、普通に友達同士でいてくれた。
それがありがたくもあり、苦しくもあり、じれったくもあり、……あぁ、だからだろうか。

つらくても届かなくても、好きでいることをやめられない。いっそ離れてしまえば楽になるのに、それができない、絶対したくないと思うほどには、俺は、お前を、

「ずるいだろ……ちくしょう…!」

こりゃだめだ、と自分の単純さ加減にあきれ果てる。さっきまでは明日のことを考えて憂鬱になっていたのに、今はもう楽しみでしょうがないんだ。また逢いたいと心が叫んでる。あふれこぼれないうちに、好きだってまた、たくさん言いたい……。

陽が落ちる景色はくろぐろと影を伸ばしてゆく。たったひとり、残された俺は、火照った身体を抱えながら夜闇を駆け抜けるのだった。

***

哲→良→あゆ→哲前提哲良(長い)
BCドラマCD2巻もしも劇場で哲志の台詞がいやに真面目なのと、良樹の反応が妙にあっさりしてたのはどうしてなんだ良樹は普段から哲志に告白され慣れてるのかよって妄想でした。

良樹は哲志の気持ちが解らないわけじゃないけど篠崎を裏切ることもできず肯定も否定もできないと想像してます。








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