妖精と宇宙

宇宙へ行きたい。いつだって、ふと、頭に宇宙が過るのだ。
「どういうこと? 宇宙飛行士になりたいの?」
「そうじゃないよ」
もっと抽象的な、曖昧な意味での、宇宙。そこに俺は行きたかった。
「えーっと、」
「なに、何でも願いを叶えてくれる妖精なんじゃないの」
「それはそうなんだけど」
妖精は困り顔だ。
でも、この願いのため呼び出したのだ。駄目元だったがこうして呼び出せた以上、俺は引く気はない。
「もう少し、わかりやすく言ってもらえないかな?」
「宇宙は、宇宙だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
うろたえた羽の、はばたきが聞こえた。妖精は無言でくるんと空中を飛び交ってから、こちらに舞い戻ってくる。
人が考え事をする時、部屋の中を歩き回るのと同じようなものなのだろうか。そうぼんやりと思いついた。
「…それじゃあ、まず。僕自身が、君の言っている意味での「宇宙」について理解する必要があるね。そうしないと君の願いを叶えてあげられない」
無理なことを言っているなあと自分でもわかっていたけれど、この妖精は歩み寄りの姿勢を見せてくれた。少しだけ驚く。
「となると、君のことを理解する時間が必要だ。願いを叶えるまで、側についてもいいかな」
「いいけど、それは時間のかかることじゃないの?」
俺は更に驚いてはいたけれど、願い事を変えようか?とは言い出せなかったし言うつもりもなかった。
何せ、どうしてもこの目で宇宙をみたかったからだ。
「妖精はながく生きるからね。例え何十年一緒に居ることになったって、一生のうち、ほんの少しにしか満たない。問題ないよ」
それはそれで、なんだか悲しい気もしたが、俺は了承した。
「わかった。じゃあ、えっと…これからよろしく」
ぎこちなく挨拶をする。
「うん。僕の方こそ、よろしくね」
俺にとっては長く不思議な、妖精にとってはきっと一瞬のような、そんな日々の始まりだった。

これが、俺とあいつのそもそもの出会いである。窓辺で、窓枠に腰掛けながら思い返していた。
「なにぼうっとしてるの」
同居人から、ふいに声がかかった。
「思い出してた」
「また昔のこと?好きだねぇ」
可笑しそうな声が笑った。人の姿形をした妖精だった人は、願いを叶えてから今も変わらず俺の側へいる。
「お前は、それでよかったの」
「その質問何回目? 僕が決めたことなんだから、これで良かったんだよ」
隣にきて、窓辺にふたりで腰掛ける形になる。
「そういえば、きちんと聞いたことなかったけど、」
「ん? なにかな」
「お前が人になったのって、どうして? この生活が楽しくなったから?」
きょとんと同居人は瞬きして、それから「あはは!」と笑い出した。
「もちろん、それもあるよ。君と暮らすのは中々楽しい」
「それもってことは、他にあるのか? こっちの世界が好きとか?」
「あぁ成る程。それもあるね」
今度も違ったようだ。思い付く理由がなくて、困惑した。
「これも違うのか? じゃあなんだよ」
「思いつかない?」
同居人はくすくすと笑った。
それがとても優しげなものだったから、俺はなんだか拍子抜けしてしまう。
「あのね、」
妖精だった人は可笑しそうに笑いかけた。
「君と一緒に、僕も「宇宙」を見ていたくなっちゃったんだよ」
思いもよらなかった。一瞬呆けて、それから俺も可笑しくなって笑い返した。
柔らかくあたたかな光が、窓辺からふたりに降り注いでいた。




bkm
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