春の公園のベンチで

お気に入りの場所というのは、誰しも何処かにあるものである。
それは、夕陽が差し込む教室や、木漏れ日光る散歩道でもいい。好きな人の側だとか、抽象的なものでもいいのだ。現実でなくても、想像の世界だって何でもいい。
自分のお気に入りの場所。誰かのお気に入りの場所。そんなところに思いを馳せるのが、私は好きだった。
ある日は、図書館で本をめくる。一文に目をとめて、ゆっくりと眺める。繰り返し読んで、そっと心の中に収めてゆく。時々、何もなくとも取り出して、自分と照らし合わせてみる。
あたたかい、言葉を探す。道標になるものを、受け取っていく。
たくさんのページの、膨大な言の葉の海から、一際きらきら光る並びを見付ける。
その時の、自分の中にじんわりと染み入る言葉の新鮮な柔らかさも、私は好きだった。
こうして、そんなことを思い浮かべるのが長年の習慣になっている。好きなことを考えると、幸せな気持ちになる。
何だか、それは私にとって掛け替えのない時間のような気がしていた。幸せの時間だ。
ふと、気が付いた。待ちわびていた人の気配がする。
街路樹の先の方から、帽子をかぶったあなたが来た。
「こんにちは」
何時ものように、あたたかい声の挨拶が掛かる。
「はい。こんにちは」
私も何時ものように、笑顔を返す。
「今日も、ちょうどひと休み中だったのですか?」
ベンチに腰掛ける私を見て、あなたは楽しそうに微笑んだ。
「えぇ、そうなんです。偶然ですね」
何だか、通り掛かるあなたを待つのが、いつの間にか日課になってしまった。そんなことを告げるつもりはないけれど、毎日来てくれるあなたが嬉しくて、ふわりと宙に浮かぶような気分になる。
始まりは、いつだっただろうか。思い出せないけれど、いつしか何時だってあなたをここで待つようになっていた。
帽子を脱いで、あなたはいつも通りに言う。
「お隣、よければいいですか?」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
少しの会話と、ほんの少しだけ触れる肩と髪。お互い名前も育ちも何もかも知らないけれど、それだけでも、充分な気がしていた。
付かず離れずとはまた違うか。曖昧なあなたとの関係が、私は好きだった。
でも、そろそろ進展したって、いい頃合いかもしれないわね。なんて、考えたりしてみるの。
勇気を出して、深呼吸をして話し掛けてみる。
「ねぇ、ずうっと、気になっていたの。聞いていいかしら」
「僕でよければ、いくらでも」
綺麗に笑うあなたの髪が、ふわりと春風に揺れた。
「あなたのお名前、なんておっしゃるの?」
「あれ…、まだ言っていませんでしたっけ」
照れたように笑うあなたと、少し遅めの自己紹介を。




bkm
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