末長く膨大な

部活から帰宅して早々、疲れきっている僕に悲劇が起きた。自室のドアが開かない。
「おかしいな…」
何度押しても動かないドアに疑問を覚える。立て付けが悪くなっているのだろうか。
「なんだこれ、固すぎだろ」
しばらく奮闘するが、ピクリとも動かない。無言のドアに、段々と苛立ってくる。思春期であり、更に疲労も溜まっている少年は、些細なことで苛々とするものである。
「くっ、そ…開け!」
ドアノブを捻りながら、力任せに思いきり体当たりした。重心がゆっくり前へかかっていく。
「え、ちょっ…、?!」
ドアは何故か緩々と開いていく。勢いよく音をたてて開くのを想像していた僕は動揺する。
自宅の部屋の、対して頑丈でもないドアだ。僕の全体重が乗っているのに、この開き方はおかしいのではないか。と思いつつ、ひどくドアの立て付けが悪くなっているという可能性もあるので、そのまま体重をかけ続けていく。
「わっ」
いきなりドアが全て開き切る。身体はそのまま前方へ投げ出された。ゴンっと壁にぶつかって嫌な音がした。
「…あれ? いらっしゃい。お客さんかな?」
柔らかな声を認知して、痛む頭を傾ける。聞き覚えのない声だ。
「えっと…、お客さんって…? ここ僕の部屋だと思うんですけ、ど、」
そろそろと立ち上がってから、驚愕する。全く見覚えのない部屋に僕はいた。
「なるほど。君は、君の部屋のドアから来たのかな? 初めてのパターンだ」
初めて、ということは他のパターンもあるということだろうか。頭がついていかない。何故この人は、なにも驚かず当然のように僕を迎えているのだろう。
「驚いたろう。いや、私も、こう見えて驚いているんだよ。まぁとても珍しいことだからね。普段なら人が来る前に、その可能性がある扉の歪みは見つけられているんだ。…けど、人様の家の中にまで繋がることがあるとはねぇ。しかも繋がること自体が珍しい世界ときた。それは流石に私でも調査できないよ。ね?」
ね?なんて聞かれても困る。
ぽかんと口を開けたままの僕に、彼は笑いかけた。
「改めて、はじめまして。月半っていうんだ。月に半分の半で、つきなかば。珍しい名前だけど、よろしくね」
頭の中で反芻する。つきなかば、不思議な響きだ。聞いたことがない。
「まぁ名前なんてどうでもいいんだけど。ただ、呼ぶ時に便利だからね。使ってもらって構わないよ。きっと私と君は、とても長い付き合いになるだろうし」
名前をどうでもいいなんて言う人と、初めて出会った。重要なものだと思っていたけれど、この月半という人にとっては違うのだろうか。
そして長い付き合いになる、とはどういう意味だろう。一目見て直感するくらい、縁があったり気が合ったり、というようには感じられなかったけれど。
「あぁ、そうそう。説明をしないとね。今居るこの部屋だけれど、ここはあらゆる空間と繋がってしまうんだ、時々ね。ほら壁にたくさんドアが掛かっているだろう」
そういえば今まで、驚きのせいで周りにまで意識がいっていなかった。見渡すと、確かに広い部屋の壁一面に様々なドアがついていた。ここまでくると少し不気味だ。
「そのドアたちは、大体どこか別の場所に繋がっているよ。空間が歪んでしまっていっているんだってさ」
すらすらと歌うように、到底信じられないようなことを、楽しそうに月半は告げた。
「私は少しずつその歪みを修正していってるんだ。きりの無い作業だけどね、それが仕事なんだよ。大人って嫌だよねぇ」
げんなりとした顔をされても、僕は「大変ですね」としか答えられなかった。機転の効かない僕にはそれ以外の答えようがわからない。
気の利かない返事だったかと後から不安になったが、月半は気にした様子もなくまた楽しげに話を続けた。
「君の部屋の扉も、何かしらの原因で空間が歪んでしまって君がこちらに来てしまったんだね」
「…成る程」
なんとなく状況はわかってきた。
でも中々脳はこれを現実と認識してくれず、夢心地な気分から抜け出せない。現実離れしたシチュエーションに、気持ちは浮ついた。
如何せんまだ僕は学生である。非日常に興奮するのは仕方が無い。
「しかし、このそれぞれの扉、何処に繋がるかはわかっていなくてね。規則性も恐らくない。ランダムだね。同じドアでも開いて閉じて、また開くと、前に開いた時とはまた別の空間が出る。不思議だよね。だから、一度繋がった場所に、もう一度繋げるのは不可能に近いんだ。同じ時空、同じ世界、同じ時代、同じ場所、…ただ一つの条件が合うのだって、どれほど時間が掛かるだろうねぇ。億や兆なんて単位すら可愛く思える程、気が遠くなるくらい繋がる場所はあるんだよ」
浮ついた気持ちが一瞬にして冷たく凍りついた。嫌な音をたて脳は回転していって、言葉の意味をゆっくりと確実に咀嚼していく。
カチリと、理解をしてしまう音。時間が止まる感覚。頭がガンガンと痛み、血の気が引いていく。
僕の顔は、段々と青ざめていった。
そんな僕に向かって、月半はにっこりと不気味なほど綺麗に、そして楽しげに愉快に笑いかける。
「さぁて、君の元居たところへ繋がる扉は、いつ出るかな」




bkm
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