歓迎は愛玩を、
そんなことはない。思い込みたかった。それに、現実はきっとそうだ、そうに違いないんだ。多分。これは私がおかしくなっているだけなんだと、誰かに言って欲しかった。

「やだ」

目の前のひとは、唇の端を、ゆったりと吊り上げた。笑ったのだろうか。きっとそうなんだろうけど、それはあまりに綺麗で、不自然で、うつくしかったから、笑顔だと上手に理解できなかった。
嗚呼。きっとこのひとには隠し事をすることは叶わないのだろう。

「大丈夫。全て、すべてがお前の味方だよ」

そのひとは、ひとつ、足を此方に動かす。ふたつめの足も、此方へ。物音はない。

「君を愛するものも、憎むものも、そうだなぁ、お前の存在を知り得ないものだって、だ。ここに中途半端に満ちている空気だって、悲しい雨だって、そこに落ちてる太陽も、あらゆる自然現象も、狐も、ひとも、生きとし生けるもの、すべて。わかるかい?」

私は黙っている。あぁ、気付いてしまった。その者は、歯並びが綺麗だ。ちらりと覗いた鮮やかな舌の赤に、くらくらとする。ぼうっとしている。

「だから、ねぇ。ほら、ひとつ、簡単だろう。大丈夫。世界の中心点はお前なんだ。ちっとも痛くなんてない。ちょっとばかり、怖いかもしれないが、ずっと側にいてやろう」

今にも呑み込もうとしそうに深い、黒々とした、その目の球が、細まる。
わたしは、私は、何も考えることができない。従ってよいのだろうか。わたしは、そのままで居られるのだろうか。わからない。委ねてしまいたい。恐ろしい。

「あいさつにいこう」

手を、とられた。細く、白く、どこまでも骨に近く感じるその手は、案外と力強く私の手と合わさった。指先に力をこめる。その者も、ゆるやかに指先を折り曲げて、私の手に添わせた。
まばゆいひかり。瞼の裏側からも透けて見えた。白いようにも、黒いようにも思えた。見下ろすと、それはどこまでもどこまでも、あぁ、その色だ。

「ようこそ。さて、これからは、あなたがすべてになる。よく知るものも、知らぬ誰かも、それらも、友人も、狸も、雲も、老人も、森も、全部、ぜんぶ、おまえだ。全てはお前であり、お前は全てだ。すべてが、全てになる」

それは、あなたもなのかと、問い掛けたかったけれど、それは微笑みと温もりによって遮られた。

「ようこそかみさま」

鼻の頭が火照っている。







bkm
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