幼馴染

息が詰まる狭い路地裏に、錆びれたような空気がこもる。むんわりとした熱気に包まれる中、鉄の味が喉を通った。
拳の先が痛い。皮が剥けて血が滲んでいる。力加減を覚えず、思い切り力任せに殴っていったせいだろう。
「…はあ」
意識せずため息が漏れた。
周りに誰も居なくなった路地裏から立ち去ろうと足を進める。こんな陰気な場所に長居はしたくなかった。
早足で家に戻った。一気に疲労を感じて、床に座りこむ。
突然、怒ったようでいて呆れたような顔が、ひょこりと覗き込んだ。
家に来ているなんて聞いていない。俺はわかりやすいほどに動揺した。
「また喧嘩したの」
責めるような口調に、肩が竦む。こちらを真っ直ぐに見据える視線が痛い。
「いや、何というか…向こうから、仕掛けてきて…その」
「それで? 立ち上がれなくなるくらいボコボコにしてしきたと?」
「し、してねえし。途中いきなりよく分かんないこと叫びながら逃げてったから、逃がした」
しどろもどろになって答える。
正直な話、髪は金に染め上げがっしりとした長身のいかついゴロツキ共より、こいつの方が何倍も威圧感があった。染めたことはない百パーセント地毛の黒髪に小柄な体型で、奴らとは正反対というのに逆らえない何かがある。
今まで、この幼馴染以上に怖いものに出会ったこと覚えがない。
「…へえ、相手が逃げるまでやめなかったんだ?程々にって言わなかったっけ、私」
怒っていらっしゃる。
伏され気味の長いまつ毛は頬に影を落とし、唇は怒りのため微かに端が揺れていた。背筋が凍る。
「…でも。俺、だって」
逸らさないように、きちんと見据えられるように、としっかりと目を開くけれど、少しの努力は無駄に終わった。目が合った瞬間、
「俺、だって、すきで喧嘩してんじゃない、し!向こうが仕掛けてきたんだし、だって…、ぅ…」
決壊する。保っていた糸が千切れてしまう。
ぼろぼろと頬を涙が伝っていった。
「はあ…泣かないの、もう」
困ったように頭を撫でられる。髪にくしゃりと当てられる小さな手はあったかくて、余計に目頭がじわりと熱くなった。
「相変わらず泣き虫なんだから…、他の人が見たらどう思うだろうね」
面白おかしそうに彼女は言うけれど、想像しただけで心臓が縮こまる。
「まさか、あの一匹狼してる不良少年くんがねえ?こんなに泣き虫さんなんて」
「うる、さ…い、ばか」
あんまり嫌なこと想像させないでくれ、と目線で懇願すると、またも愉快そうな笑い声が零れた。人が(というか俺が)困る姿を楽しむのは悪い癖だろう、と俺は思うのだけれど言ってもやめてはくれないだろうな。
ただ、こうして笑ってくれた方が気は楽だった。
それに、頭をふわりと撫でる手も相変わらずあたたかくて安心するので、今日のところは許すことにする。なんて言ったら、「上から目線」なんて文句を言われて小突かれるのだろうけど。
そういうところも好きなんだから、俺も全く仕方がない。




bkm
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