2.内緒の発覚(天馬、剣城)
「ええっ!昨日そんなこと話してたの?」
「うん。それで、天馬くんって一年の中じゃあ倉間センパイと結構親しい方じゃん?センパイが欲しがってるものとか何か知らないの?」
翌日の昼休み、狩屋は昨日の部活後の出来事を天馬に話していた。その場には他に信助や葵、影山もいて、全員がその話に耳を傾ける結果となった。
それは決して親切心からくるものではない。何やら面白そうなことが始まりそうなので、より多くの人を巻き込み楽しもうとしての行為だった。
「そっかあ!天馬、倉間先輩のことよく観察してるもんね!」
「あっ!ちょ、信助、しいっ!」
信助が笑顔でそう言った。
焦る天馬の様子を見て、狩屋はある考えが頭を過ぎり口を歪めた。
しかしそれを勘ぐられないようにきょとんとしたような表情を作り、天馬に言った。
「…天馬くん、観察って?」
「天馬そんなに典先輩のこと見てたかなあ。」
「や、だからね、それは…その…」
天馬は眉根を下げみるみる頬を赤く染め、困りきったような様子だ。
狩屋の中にあったある考えが半ば確信に近い形で彼の目の前に現れていた。
「もしかして天馬くん、倉間センパイのこと好きなの?」
笑いを堪えながら言った狩屋のその言葉に全員がええ!と驚きの声を発したが、一番大きな声だったのは他でもない天馬であった。
「そうなんですか天馬くん!」
「天馬が恋!?」
「あ、え、いや、う…ううー…」
「その反応、ホントなんでしょ?」
他が口々に言う言葉一つ一つに狼狽えた様子の天馬は、狩屋のだめ押しの言葉でもう隠し通せないと分かったらしい。
がっくりと肩を落としてから小さく頷いたのだった。
「天馬、最初の頃は典先輩にすごく嫌われてたじゃない。何で好きになったの?」
葵がいった。
狩屋の目的は天馬が倉間を好きだという事実を暴くことではない。彼が何故倉間を好きになったのかを知る為だったのだ。
だからこそこの葵の質問は狩屋にとって好都合だった。
「何でって…倉間さんは、サッカー大好きだし、教え方も上手だし、…かわいいし…。
それに、最初俺のこと嫌いだったのは、部のみんなやサッカーが好きで好きで仕方がなかったから、みんなを守りたかったからなんだよ。
一緒にいて分かったもん。」
天馬は言うことより恥ずかしさが勝ったのか、そのまま黙りこくってしまった。
ふうん、案外しっかりした理由で考えてるんだ、
天馬の様子を見て狩屋はぼんやりと思った。
「天馬くん、ボク分かります!
倉間さんって女性なのにボクらよりサッカーすごく強くて、格好いいんですよね!」
少し間を置いてから、徐に影山が目を輝かせながら言った。
当然このタイミングで倉間を褒めちぎるようなことを言えば、影山にもある可能性が浮上してくるのは当然だ。
彼にはそれが今一分かっていないらしい。
「輝も倉間さんのこと好きなの?」
まあそういうことになるだろう。
天馬は不安げに影山を見つめていた。
「えっ!?違います、違いますよ!ボクは倉間さんに憧れてるんです!あんなFWになりたいなぁって。」
「なんだ、よかった。輝まで倉間さんのこと好きだったらどうしようかと思った…。」
天馬がそう言い、胸を撫で下ろした。
狩屋はあざとく、人の揚げ足をとるのが上手かった。人の言葉によく耳を澄ませ、行動に目を凝らしているからこその芸当だ。
だからこそ先の天馬の発言で、聞き流せない言葉─まで─があった。
普通に考えれば自分に加え影山まで、ということであろう。しかし狩屋は何か違うニュアンスを感じ取っていたのだ。
「までって?他にも倉間センパイのこと好きな人いるの?」
思惑通り天馬が狼狽えた。
「いや、そ、それはっ」
「…あ、分かった。」
間髪入れずに葵が呟く。
天馬は見る見る顔を青ざめさせていく。ちょっと待って、そう言いたげに口を動かそうとしていた。
「浜野先輩と速水先輩でしょ。二人ともいつも典先輩と一緒だもんね。」
「へっ…、あ、うんうん!そうなんだよ!手強いなぁって!」
葵の言葉に一瞬きょとんとして、直ぐに首を何度も上下させる。
天馬が考えていたのは浜野と速水ではないようだ。表情や態度が物語っていた。
しかし皆そういうことかと納得した様子。狩屋はこれ以上問い詰めるのは難しいと判断し、少し苦い顔をした。
好きな子の話というのは大抵誰でも食いついてくる。話を変な方向に広げずに好敵手だけを聞き出すには二人きりになる必要がある。
しかし天馬と狩屋が二人連れ立とうとすると、影山や信助、はたまた世話焼きの霧野なども付いて来そうだ。
狩屋はうんうんと思案するが、悪戯でもないことに妙案は浮かばないようだった。
放課後に部室にやって来る順番というのは、大抵決まりきったものである。
一番最初はマネージャーか或いはキャプテンである神童。稀に霧野が付く時もある。次が剣城や錦、それに続いて一年がごっそりとやってくる。そうして浜野と速水がやって来て、最後に校舎の遠い三年が来る。
天馬は剣城がいつも自分より早く部活に来ていたことを知っていて、その日は信助達とは部活に向かわず単身部室に急いだ。
部室前に着くと、そこにいたのは倉間と神童だけだった。
「天馬、今日は早いじゃん。」
「そうだな。一人か?」
「あ、はい、ちょっと張り切りすぎちゃって…」
珍しがる倉間や神童に真意は告げず、鍵が開いたばかりの部室に入った。
神童は着替えが終わったようで、天馬に早く着替えたら倉間の手伝いをするといいとだけ告げてロッカールームを後にした。
それから数分と経たない内に、天馬の待ち望む人物が現れた。
「剣城ぃ!」
「…何だよ。」
会って早々飛び付こうとすれば、頭を掴まれ拒否される。しかし天馬にそんなことを気にしている余裕は無かった。
「どうしよう!俺倉間さんが好きって葵たちにバレちゃった!」
その発言に剣城は目を丸くした。
天馬の思っていた好敵手とは、他でもない剣城のことだったのだ。
部活中のふとした瞬間─例えば休憩時間に飲み物を手にした時だとか、共にシュートを決めた時だとか─に、彼らが全く同じ方向を向いていることを知った。そうして徐々に互いに互いが倉間に好意を寄せていることを確信していったのだった。
二人は表立って行動することは無いが、こういった部活前の小さな時間で情報を共有し合っていた。
「……バレたらバレたで仕方ないんじゃないか。」
剣城は着替えながら、落ち着きのない様子の天馬に冷たく言い放つ。
「嫌だよぉ!巡り巡って倉間さんの耳に届いて、気持ち悪いとか言われたらどうすんのさ!」
「俺に聞くな。自業自得だろ。」
それでも続ける天馬を軽くあしらってユニフォームを身に着けた。
一方の天馬はそこまで考える余裕が無いのか学ランのままだ。
「うわあああん冷たい!剣城の冷血漢!お兄さんに言いつけてやる!」
「それはやめろ!」
剣城は話題に兄が出た途端慌てふためいた。
天馬もあまり無視され続けるのが癪で、それを見越して言ったようだった。
剣城が天馬をじろりと睨み付け、溜め息を吐いた。
「…俺に何をしろって言うんだよ。バレたもんはどうしようもないだろ。」
「えっと、剣城も倉間さんが好きって言うとか…──ってぇ!」
天馬の理不尽な要求に鉄槌を下すかのように、剣城は彼の脳天めがけ思い切り拳骨を食らわせた。
剣城は「クールなようでいて意外と優しい」と評判であるが、それなりに気心の知れた仲だとそんな容赦も一切無くなるのだ。
「言うか!何のメリットも無いだろ!」
「何でぇ!俺らって倉間さんが好きって確認しあった運命共同体─」
徐にロッカールームの扉が開いた。
二人がそちらに目をやると、そこに立っていたのは葵だった。
「…へえ、剣城くんも典先輩のこと好きなんだ!」
手を合わせ嬉しそうにそう言った葵を見て、剣城はもう一度天馬の頭に拳骨をお見舞いしたのだった。
────────
葵ちゃん
天馬と剣城が倉間に片思いということを把握。
女の子の好きなことや、倉間の好きなものなどを二人にリークするようになる。
幼なじみなこともあり、どちらかと言われれば天馬を応援。でも剣城はいい夫になると思ってる。
秘密は守るよ!
[ 4/9 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]