1.話のはじまり


彼女に何らかの感謝の気持ちを伝えたい。部活終わりに神童がそう言った。

神童の言う彼女というのは、一年から部活のマネージャーであり稀に選手でもある倉間典だ。
彼女はフィフスセクターにより部が存続の危機に晒され次々と辞めていくマネージャーや選手たちを見ても尚、何も言わずに部を支え続けたのだ。
キャプテンとして動いていた神童は部の運営の件でかなり彼女に支えられていたこともある。感謝の気持ちも人一倍大きいのだろう。
ロッカールームに残っていた狩屋、影山、剣城、霧野、浜野、速水の六人が神童を見つめ静かになった。

「…何で倉間センパイだけなんですか?」

「マネージャーなら水鳥さんとか茜さんとか葵さんとかもいますよね?」

真っ先に口を開いたのは転校生であった狩屋と入部して間もない影山だ。
二人ともこの部でサッカーを始めたのは雷門が革命へと結束を固めた後であり、廃部寸前まで揺れた新学期を知らないのだった。

「倉間は一年の時からずーっとマネージャーやってるからだよ。」

「実質三人が慣れるまでは一人でやっていたようなものでしたからね。」

浜野と速水のフォローに、二人はふうんと何となく納得した様子だった。

「だから、何か──」

「あれ、あんたらまだ残ってんの?鍵閉めたいんだから早く帰ってよ。」

噂をすれば何とやら。改めて神童が話を始めようという時に倉間がひょっこりと顔を出した。
神童が慌てて口を噤む。
そんな神童の様子を疑うでもなく、彼女はうんざりといった面持ちでまだ帰らずたむろしている部員達を見ていた。

「だって倉間と帰ろうと思ったんだもん!」

浜野が元気良く答える。
そんな様子を見てか、倉間は更に呆れたような表情になった。

「いつも悪いな倉間、そんなことまで任せちゃって。」

「だったら俺代わりますよ、鍵当番。」

「そんな気遣いする暇があるんならとっとと帰れバカ!」

霧野と剣城の言葉に大声で怒鳴るように返してやれば、全員荷物を纏め素早くサッカー棟を出た。
そうすると倉間は満足そうに笑うのだった。

彼女も皆に続いて出て、入口に鍵を掛ける。
剣城を除くさっきのメンバーがまだ屯していた。

「何?何かあんの?」

神童が倉間の言葉を慌てて否定する。

「いっ、いや、そういう訳では無いんだ。霧野、帰ろう!」

「あ、おう。じゃあな。」

「オレ達も帰ろうぜ。」

「そうですね。先輩、今日もお疲れ様でした!」

四人がそそくさと帰って行った。
少なからず疑問に思いながらも、物事を深く考えることを得意としない倉間は直ぐに諦めた。

諦めを示す溜め息を吐いた途端、彼女に浜野がのし掛かってくる。

「ちゅーわけで、帰ろー倉間ぁ!」

「言われなくても帰るっつーの!べたべたすんな気持ち悪い!」

「倉間さん、相変わらず辛辣ですね…」

何時も通りとも言えるコントのようなことを繰り広げた。三人はほぼ毎日共に帰っている。
浜野と速水は小学校からの仲で、家が近いこともありよく共に帰っていた。中学に入ってから浜野が半ば無理矢理倉間を引きずり込んだのがこの図の始まりだった。
毎日それに付き合っているのだから、倉間も決して嫌ではないのだろう。

「そーいえば倉間ってさ、今欲しいものとか無い?」

そんな帰り道に浜野が唐突に切り出す。神童の言葉がまだ頭に残っていたのだろう。
速水が浜野くんナイスです!とでも言いたそうな顔をして、それから倉間に目線を移した。
彼女はうんうん考え込んだ後にこう言った。

「サッカーネットかな。外のやつもうボロいのに部費がまだ下りないんだよね。」

しかし彼女の回答は思ったようなものではなく、二人とも微妙な顔をして首を捻った。彼女は基本的には部活のことしか考えていないらしい。
返事の内容が内容で、嬉しいやら申し訳ないやらでこの話はすぐに途切れた。





一部のサッカー部員の間にはある秘密のようなものがあった。それは親しい間柄の人物同士とだけ─例えば霧野と神童だとか─共有されていて、殆どの部員はまさか他の部員も同じ様な考えを持っているとは思ってもいなかった。

その考えとは「倉間が好き」というものだった。

幾ら彼らが部活に燃えるサッカー大好き少年とはいえ、恋心の一つや二つは持っている。
苦しい時を共に乗り越えた時男女の間には愛が芽生えるとはよく言われるが、それが何故だか男にだけ表れた結果だった。
マネージャーが殆ど辞めてしまった状況では、その多数の恋心のベクトルが何処へ向くのか想像に難くない。
半ば必然と言ってもいいような状況であった。

当の本人である倉間はそんなことに気付く筈も無く、誰も行動を起こすこと無く月日は平和に流れていった。
勿論恋という観点で見たらという話で、革命への戦いは存知の通り平和とは程遠いものだった。

しかし日常を遠ざける要因であった革命も終わってしまった。望む日常が手に入った今、彼らは各々自分の心とゆとりをもって向き合うことが出来たのだ。
そうなると何処かで、彼女に対し行動を起こしてみればどうだろうか?という気持ちが沸き上がってくる。
最初の神童の言葉にはそんな気持ちもあった。




神童が倉間を意識し始めたのは万能坂中と戦った頃だった。
それまで反対し続けていた彼女が、多少不満げではあったが革命派へと変わった時だ。
彼女の態度にはそれまでのサッカー部への愛やこれからの部への仄かな期待が感じられて、神童は自分が酷く浮き足立ったのを感じた。
それが恋心と知るのはその更に二週間後、親友霧野の言葉だった。

「俺、倉間が好きかも。」

部活の帰り道の曖昧な告白に、衝撃を受けると同時に口をついて出たのは「お、俺も。」と神童自身も思いも寄らぬ言葉であった。
霧野は混乱している様子の神童を見て、驚きと同時に少ししょぼくれたように、

「神童がライバルとか、俺じゃ無理か…、」

そう言ったのだった。
神童がそんなことは無いと宥め、互いに頑張ろうではないかと二人は少し協力関係のようになった。







浜野と速水は性格こそ真逆であるが、成長した環境が似通ってるからかものの好みもある程度似ていた。
テレビに出るあのお天気お姉さんが好き、サッカー選手はMFのあの人が好き、植物だったら含羞草が、犬だったらボーダーコリー、魚はやっぱりカジキ一択。小学三年生の頃、同じ女の子に恋をしたりもした。
中学一年の秋、速水はふとそんなことを思い出して浜野に切り出した。

「浜野くん、倉間さんのことどう思ってます?」

「倉間?好きだよ?」

妙にあっさりと答える浜野に拍子抜けしながらも、話がずれないようにそのまま続ける。

「それは人として、それとも女性として、」

「速水、ちっちゃい頃からオレと好きなもん同じだもんな。」

速水の声を遮り返答し浜野はにっこり笑ってそれ以上何も言わなかったが、その返答は彼には充分すぎた。
それが意味するのは、浜野も同じ様に一人の女性として倉間を好いているという事実だった。

それを口に出した訳でも無いが、お互いが恋敵であるという事実は今後暗黙の了解となった。
しかし二人共今のこの三人の関係以上に充実したものはないと考えていた為、行動を起こす気は全く無いようだった。





──────
誰オチとか決めずに途中からギャグになるようなまともに見える話を書きたいと思ってます。
オールで逆ハーな時点でまともじゃないとかそういうのは信じない。

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