4.観戦と初恋(霧野)


「霧野、こっちこっち!」

「分かってるって、」

倉間はにこにこと嬉しそうに走り出し、霧野はそれに遅れて後に続く。ある日曜の昼下がり、二人はサッカー観戦に来ていた。


霧野はたまたま運良く自分の応援するサッカークラブの観戦チケットを手に入れた。
しかし何時も連んでいる神童が、ピアノのレッスンだか何だかで都合が悪くなって行けなくなってしまったらしい。

神童が前に相談に乗ってもらった礼として、そういう設定にしたのだ。
誘ってみると倉間は疑うこともなくサッカー観戦が出来ることを喜んでいた。



試合三十分前、自分の座席に着き一息吐くと倉間が口を開く。

「霧野はさ、誰のファンなの?」

「ん、俺はやっぱ風丸さんかな。」

風丸一郎太と言えばチームの花形選手。今この試合を見にきたうちの半数は恐らく風丸の活躍を目当てにしているのだろう。
サッカー好きにその名を知らない者はいない上、その端正な顔立ちはサッカーという垣根を超えて人気が高い。
国内のみの活動という点からメディアでは取っ付きやすい人物らしく、度々テレビなどに取り上げられている。

「そっか、そういえば霧野って何となく風丸さんと似てる。憧れてDFになったからとか?」

風丸と同じく霧野もまたDFで、更には統率を取るポジションにいる。
倉間や霧野が知る筈も無いことだが、とても世話焼きな点などサッカーに関係無いところでも、二人は何かと似通っている。

「そうか?まあでもそうかもなあ、イナズマジャパンでの試合格好良かったし。」

「あ、分かる分かる。風丸さんってスペース見つけるのが上手いんだよね。」

倉間はそれきり前を向いて試合が始まるのを待っている様子だった。

「倉間は?」

「え?」

「だから、倉間の好きな選手。誰なんだ?」

わあっ、突如スタジアムが大きな歓声に包まれる。
二人はフィールドに視線を移す。稲妻マーキュリーの選手たちが入場を始めていた。
その中には霧野の目当ての風丸もいた。笑顔で観客に向かい手を振っている。

あたしは─そう口を開いた倉間の声は歓声に包まれ掻き消された。

「なんだって?」

「だからっ、中谷選手!」

「…中谷選手?」

喧騒の中なんとか聞き取った単語に霧野は驚きを隠せなかった。
中谷真之はこのチームのFWだ。試合は移籍して以来ほぼ皆勤賞と重宝されているようだが、霧野が知る限りではあまり戦果を上げていない。
FW好きの倉間ならシュート数が多いだとか、相手ディフェンス陣を引っ掻き回すような選手を好むと思っていた。
中谷はそれに当てはめるには地味すぎる。

「あっ、ほらほら中谷選手!」

そんな霧野の気持ちを知る由もなく、倉間が彼の袖を思い切り引っ張りコーナーを指差した。

中谷は仲間と雑談をしながらウォーミングアップをしているが、霧野が風丸と比べたからか華があるとは言い難かった。




試合開始のホイッスルが鳴り響く。それに乗じてサポーターたちの歓声も一際大きくなる。
同じように倉間も声を張り上げていた。

開始十分、稲妻マーキュリーに決定的なチャンスが訪れた。
相手のボールを軽やかに奪い取った風丸が上がり、中盤でフリーだった中谷にボールを渡した。
中谷はあまりスピードを上げず他に比べると随分遅く走っていて、端から見ると手を抜いているように映った。
しかし直ぐにそれが勘違いであると分かる。
痺れを切らせたDFが二人、中谷に向かって走り出す。彼はそれを待っていたと言わんばかりにその二人の間を抜けるスルーパスを出したのだ。
パスを受け取ったFWはノーマークでシュートを放ち、先制得点となった。

「ナイスアシストーッ!」

歓声をものともせず倉間がより大きな声で叫んだ。


前半は一進一退、そのまま得点が動かずに終わった。
休憩時間となり辺りは歓声とはまた違った騒がしさに包まれる。

「風丸さん、多分後半は下がるね。」

徐に倉間が呟く。

「何でだ?よく守ってたし調子良かったじゃん。」

「だからだよ。あの監督のことだから多分新しく入った選手を試すんだ。この前移籍してきたのはDF二人だったし。
それで失点二つくらいだろうから、多分勝つね。中谷さんシュートするといいなぁ。」

「ふうん、」

倉間が部で一目置かれていたのは偏に献身的だからという理由ではない。
選手の癖やチームの傾向、監督の采配などを素早く見抜く力があったからだ。
長年の知識の蓄積と生まれ持ったセンスが合わさっての芸当だろう。

前半終了の場面で言ったあのような言葉は、大方当たっているから驚きだ。
言葉通りに風丸ともう一人が下げられて、見覚えのない選手が二人投入されたのだ。

試合の運びも全く言った通り、ニ対四で稲妻マーキュリーの勝利となった。
ただ倉間にとって残念なことがあるとすれば、中谷がシュートをせず補助に徹底したことだろう。

試合修了後、学生である彼らはどこへ寄るでもなく真っ直ぐ帰宅しようとした時だった。
徐に霧野が口を開く。

「なあ、倉間は何で中谷選手のファンなんだ?」

「何でって?」

倉間の円目が不思議そうに霧野を見つめた。
彼女の真っ直ぐな視線に少しどきりときた。

「あ、いや、中谷選手がどうとかじゃなくて…倉間はもっと攻撃的な選手が好きなんだと思ってたから意外でさ。」

「それ浜野にも言われた。そんなに意外かなー。」

彼女はほんの少し拗ねたような態度になった。
意外と言えば確かに意外だ。
稲妻マーキュリーにはちゃんと攻撃的なFWがいる。部員の殆どが倉間の好みは彼だと予想するだろう。

いや、そんなことはない。言葉は喉の奥でつっかえ口から出ることはなかった。

「まあでも確かにわけがあるしな…」

「わけ?」

霧野が言葉を反芻し、倉間はこくりと深く頷いた。

彼女は気にせず前を向いていたが、彼の視線に気付きはたと振り向く。
霧野の視線はわけを知りたい、話してほしいというものだった訳だが、彼女もそれに気付いたようで霧野に言った。

「笑わない?」

今度は霧野がこくりと頷いた。

「うーん、これ言うの霧野が初めてなんだよ。言いふらしたりしないでよ?」

今日のことを神童に報告するつもりでいた霧野は少し迷ったが、彼女の話を聞きたいので取り敢えず頷いておいた。
倉間は少し照れ臭そうにはにかんだ。

「中谷選手はね、あたしの初恋の人なんだ。」

「──…え?」

初恋の人、その単語に驚きを隠せなかった。
彼女はサッカーに夢中で、そんな気がないからこそ部員たちはここまで好きになっているのだ。

霧野は心中の動揺が顔に出るのが抑えられなかった。

「…やっぱりらしくないとか思ったでしょ。」

倉間は少し怒ったように、じろりと横目で霧野を睨み付けた。

慌てて首を左右に振れば前に向き直る。

「えっと、いつから?」

声が震えたのが自分でも分かった。しかし倉間はあまり気にしていないらしい、恥ずかしそうに続けた。

「うん、十年前からかな。
イナズマジャパンの時の中谷選手にちょっと助けられてね、それからずっと。」

「そうか、」

「元々好きだけど、サッカー大好きになったのは中谷選手の影響だし。もうホント憧れだよ。」

倉間は言葉を並べれば並べるほど、楽しさ嬉しさからか足取りが軽くなっていく。
それに相反するように霧野の足は何かがのし掛かっているように重かった。
共にサッカー観戦出来る喜びから一転、お前に望みは無いと完膚無きまでに打ちのめされた気分だった。






「初恋の…、人?」

翌日、誰彼と言い触らすのではなく神童に告げるだけなら問題は無いだろうと、ありのままを全て語った。
例の単語には神童も驚きを隠せないらしい。

「そ、俺もうダメかも…」

霧野は昨日の全てを語って憂鬱な気分になり、たまらず机に突っ伏した。

「…いや、そこまで落ち込むことは無いんじゃないか?」

「え?」

霧野は顔だけを神童に向ける。当の神童は何かを考えている様子だった。

「霧野の話がそのままなら昔は初恋、今は憧れということにならないか?まあ、だから何だという話だが。」

「…そうなるか?」

霧野は軽く体を起こし、少し前のめりになるように神童を見た。
しかし神童は困ったように曖昧に笑い、溜め息を吐いた。

「というか、そう取らないとやっていけそうに無い。」

ああ、確かにそうだ。
霧野も苦笑いを返し、希望がある方に賭けることにした。




─────────
そうです。あの「奈良最強」の中谷真之です。
とは言え彼である必要はあまり無いので、倉間の憧れのとあるサッカー選手と思って頂ければ大丈夫です。
この他にも前代のスカウトが出る可能性があります。

その他ネーミングは適当です。

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