3.一緒に買い出し(神童)

神童拓人は悩んでいた。

前記の通り彼は倉間に思いを寄せている訳だが、彼自身はさほど倉間と親密ではないということを実感したのだ。
マネージャーとキャプテンという間柄もあって会話数こそ多いが、その殆どは事務連絡ばかり。
浜野や速水のように昨日見たテレビ番組、面白い漫画、人気のあのアイドルや今話題の俳優のことなど、たわいもない世間話などを一度も話したことがない。

それ以前に悲しいことには神童自身も上記のような話題に乗れないのだ。
彼が出来る話といったら、ピアノ延いては音楽のこと、或いは歴史書や明治文豪など無いわけではないが、倉間を楽しませることが出来そうなものは見当たらない。
そうなると二人が互いに話し合えるのはサッカーのことだけである。
その唯一の希望とも思えるものさえ、彼女は他の仲の良い友人と語り尽くしてしまっているのだろう。

そもそも機会に恵まれない限り話すことすらままならない。
せめてその機会だけでもと神童は考えを巡らせていて、思い当たったのだ。
近いうちに行こうと思っていた部の備品の買い付けに付き合って貰えばいいのではないかと。

彼は今日それを実行しようと意気込んでいた。

「倉間、」

部の朝練が終わり各々着替え教室に戻っていく。
浜野と速水はまだ着替えているのか幸い居らず、意を決し声を掛けた。

「何?」

「あ、あの、今日なんだが…」

いざ倉間を目の前にするとなると言葉に詰まる。
断られはしないだろうかとどんどん不安が募った。
そんな気持ちをぐっと押さえ込み失せかかった勇気を振り絞る。
せめてスタートラインには立ちたい、それが本心だった。

「今日の放課後、よかったら備品を買うのを付き合ってくれないか?」

言い切った、さあ反応はどうだ。神童にとっては緊張の瞬間が訪れる筈だった。
しかし倉間は間髪入れずに「いいよ。」と言ったのだ。俄には信じられずへっと妙な声が漏れる。

「だからいいって言ってんじゃん。部活の後だよね?」

「あ、ああ。」

「うん、なら行ける。」

初めて女子を誘い、初めてOKを貰った。(誘いの内容は極めて事務的なものだが。)
神童にとって中々感慨深いものだった。

「倉間ー!チャイム鳴っちゃうよー!」

少し離れたところで、着替え終わったのだろう、浜野と速水が立っていた。
浜野の方は急かすようにその場で足踏みしている。

「分かった!今行く!
じゃあ、また部活で。」

「ああ。」

そう言って倉間は二人の元へ走って行った。
三人がサッカー棟を出るまでを見送る。

神童は夢見心地だった。






「倉間と買い出し?」

昼休み、霧野の言葉にこくこくと何度も頷く。
霧野は弁当のコロッケを頬張り、それからしみじみとした様子で呟いた。

「良かったじゃん。神童もいよいよ本気か…、俺も何か頑張らなくちゃなぁ。」

「それで、折り入った頼みがあるんだが…」

「え?俺に協力できることがあるならするけど。」

神童の真剣な表情に只ならぬ気配を感じ取ったのか、霧野は弁当を置き彼に真っ直ぐ向き合った。

「その、頼みというのは、…どんな話題なら話が途切れないかということなんだ…。」

いやに重苦しい雰囲気で言うものだから何事かと思えば、内容は案外普通のものであった。
神童は頬を染めて俯いている。恐らく彼にとっては途轍もなく重要なことなのだ、笑ってはいけない。
霧野は一度咳払いをして口を開く。

「俺だってそんなに倉間と話す方ではないけど、多分何でもいいんじゃないか?」

「何でもって…」

怪訝な表情をする神童に慌てて付け加える。

「適当に答えてる訳じゃないぞ!倉間は何の話でも受け答えしてくれるんだ。
…まあ倉間が一番楽しく話すのはサッカーのことだろうな。あいつ同じことでも何回も話してるぞ。」

霧野の答えはサッカー一択らしい。やはり外れが無いのはそれしかない。

「…そうか、ありがとう。」

また俯き考え込みだした神童を見て、霧野に一抹の不安が過ぎった。
神童は昔から心配性で、普通なら考える必要が無いと思われることまでぐるぐると考え込んでしまうのだ。
それが杞憂だと伝えようと霧野は態と大笑いしてみせた。

「そんな気負うなって!ただの買い物って思ってさ、俺といる時みたいにすればいいじゃん。」

「…そうだな、いつも通りが一番だよな。」

部活の折、霧野はボールを取りこぼしミスが目立つ神童を見て応援は効かなかったようだと悟ったのだった。





いざ二人になると不安通り言葉が出ない。

倉間自身もあまり言葉を発しないのはやはり自分との距離ゆえではないのか。
神童は押し潰されそうな気持ちになった。

徐に倉間がある店の前で立ち止まる。
神童もその少し前で振り返り倉間に視線を移すと、彼女は真っ直ぐにショーウィンドウを見詰めているようだった。

「ねえ、神童。」

「ああ、何だ?」

「ファニーランドって知ってる?」

倉間の視線の先を辿ると、そこにはカラフルで可愛らしいぬいぐるみが並び『Funny's Land』と横にポップ体で立て札が置いてあった。
彼女の言葉やショーウィンドウのぬいぐるみは流行に疎い神童にも覚えがあった。

「大型アミューズメントパークのことだよな。そう言えば去年東京にも出来たってニュースに……」

「そう!そうなんだよ!」

途端に倉間は声を張り上げ、小さな子供のように目を輝かせて神童を見た。

どうやら彼女はこの話題が好きらしい。神童は爆発しそうな勢いの心拍を感じながら思った。

「あたし小さい頃からレティが好きなんだ。一度でいいから行ってみたいんだよね。」

レティはゴールデンレトリーバーをモデルに作られたキャラクターだ。
ショーウィンドウの真ん中、彼は何だか眠たそうな顔をして赤に黄色い鍔のキャップを被り、青いオーバーオールを着て鎮座している。
瞼に半分隠されている黒い瞳には、見た人をほっとさせるような素朴な愛嬌があった。

嬉々として話す倉間の邪魔をしないよう、話を促すように適当な相槌を打つ。
元来彼にはあれこれ話をするより聞き役に徹する方が合っているのだ。

「それに東京のファニーランドはさ、本家と違ったアトラクションとかもあるんだよ。それにオリジナルの──…」

ところが彼女の言葉がピタリと止まった。

「あ、かっ、買い出し…早くペンギーゴ行こっか!」

何故だか顔を真っ赤にして、足早にペンギーゴへ向かおうとする。
彼女の様子から察するに、神童が仕方なしに聞いていたとでも思ったのだろう。
彼にとってはチャンスが今まさに走り去ろうとしているような状況だ。
捕まえる他無い。神童は口を開いた。

「歩きながら話そう。倉間の話、俺はもっと聞きたい。」

「…ホント?」

神童はこくりと一度大きく頷いてみせると、倉間は見る見るうちに笑顔になった。
彼女は神童とは真逆で、とても話し好きなのだ。

ペンギーゴに至り、倉間は神童のメモを見ながら商品をぽいぽいと籠に入れていく。
時折目的の品を手に取り戻す動作があるところを見ると、適当に選んでいるのではなく彼女なりに吟味しているようだ。

そんな最中も倉間は饒舌に話し続けており、神童もそれに相槌を打っていた。

「それで、ファニーの友達にはキャシーていう猫のマダムもいるんだ。」

「へえ、猫もいるのか?」

「うん。あ、もしかして神童って猫派?」

倉間が応急箱に補充する為の包帯と消毒液を放り込んだ。

「多分そうかな。家でも猫を飼っているんだ。」

「写真とか無い?」

「明日持ってこようか?」

「やった!お願いね。」

「ああ。」

籠はずっしりと重たい。もうメモに挙げた品は殆ど入っているだろう。
残るは店に並んでいない商品をレジで注文するだけだ。

顔見知りの店員に雷門中学校として何を注文したいのか注文票に記入していく。
倉間の字は跳ねや払いが大きく、女子にしては雑なように見えた。
注文票にある文字を覗き込んでいた神童へ何かを思い出したように視線を移した。

「ねえ神童。外用のゴールネットも頼んでいい?」

「ネットは予備があったような気がするが…、」

「ウソぉ、倉庫には見当たらなかったよ?」

「いや、場所をとるから旧部室に置いてあるんだ。」

「ふうん、そうなんだ。旧部室て今も使われてるのか…」

なるほど倉間を女子として変に意識するよりは、部活の仲間として接する方が会話しやすい。
他愛のない話も沢山できる。
(当然のことのようだが、神童には盲点のようだった。)

冒頭に抱いた不安など頭の隅にも残っていなかった。

不安をあっさりと拭えたのも彼女のサバサバした取っつきやつい性格故だ。
そう考えるとまた感謝の気持ちが沸き上がってくる。
その感謝を形にするにはどうしたものか。

「神童、帰ろっか。荷物は二人で分けて明日持っていこ。」

倉間がビニール袋を両手に持っていた。
目分量で重そうな方を見極め、そちらを手に取る。この行程は男として、また彼女に好意を寄せる一人間として譲れないものだった。

「ああ、じゃあまた明日。」

「うん、じゃーね!」

倉間は大きく手を振って走っていった。

彼女の『小さい頃からレティが好き』という言葉、東京にもFunny's Landが出来たというニュースが頭の中でぐるりと回った。
そうすれば十分な答えが手元に現れる。

「…これだ!」

神童は確かな手応えを胸に家路についた。



──────────
Funny's Landは何でもあり系某鼠王国だと思ってください。

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