家に帰ってからずっと考えていた。私、烏丸弥生と赤葦京治君はお付き合いを始めたらしい。当本人が「らしい」なんて付けるのはちゃんちゃら可笑しいが、いやだって…あんな…ねぇ?赤葦京治君の笑顔にノックアウトされたからといって、好きかと問われればまた微妙な話である。
そりゃあ赤葦京治君の笑顔を思い出すと胸が苦しいのだが。「それは恋だよ!」なんて誰かに言われそうなくらいベタなシチュエーションである。でもきゅんとした、くやしい。恋に恋する女の子か私は。

「…すきって、なんぞ」

烏丸弥生17歳、まともに恋したこと無いジョシコーセー。初恋なんて幼稚園の頃、好きだったケーキ屋さんで働いてた笑顔が素敵な優しいおにーさん。
ううう、枕に顔を押し付ける。心がざわざわする。なんでこう、赤葦京治君の笑顔が頭から離れないのか。もうだめだ、今日は寝不足決定だ。

それから10分後
すやすや夢の国へさようなら
時刻、22:00丁度












「…おきます」

髪がぐしゃぐしゃ午前8時。…可笑しいな、今日も遅刻か。…1限なんだっけ、体育?そういえば6組と合同だった気がする。ずるずる布団からでる。
烏丸弥生、早寝遅起き惰眠ガール。休日の睡眠時間12時間強。でも今日平日。今月入って遅刻8回目。これだけはどうにも治らない。

「おはよう弥生。今日も遅刻ねぇ」
「…おはようございますお母様。ご飯恵んでくださいませ」
「さっさと学校行きなさい馬鹿娘」

下手に出たのに朝ご飯無しになりましたお母様酷いです。「今から急げば全然間に合うじゃない!」と怒るお母様。ちなみに学校、走って5分。急ぎたくないですお母様。不満顔をしているとパンを投げつけられた。食べ物投げる、いくない。

「学校着いてから食べなさい。1限中教科書立てて見えないようにね」

お母様それは如何なものなのか。教科書立てるって割と目立つし、そもそも1限体育だし。「お母様」「なによ」私は思い思いを吐きだす。

「わたくしめ、今朝はクルトンシーザーサラダの気分です」
「ドレッシング持ってってそこらへんの草でも食ってろ馬鹿娘」

クルトンの袋を投げつけられる。そんなお母様が大好きです。でもそこらへんの草は食べない。
烏丸弥生、家ではまあまあ喋る。でも喋ると疲れる。





▽△▽


結局もそもそとクルトンシーザーサラダを食べる。さて8:30。朝のホームルームが始まりますね。幸薄男くらい存在感なかったら遅刻してもバレないんだけどなぁ。のっそのっそと家を出る。とても天気の良い雲ひとつない青空が広がる。

…なにか、忘れている気がする。

なにか違和感。何故にこんなにもやもやするのだろう。
あ、にゃんこ。

「にゃおん?」
「にゃー」
「みゃーみゃー」

かわいいですなぁエリー(正式名称エリザベス、勝手に命名)。腰をおろし、ごろごろと撫でまわす。ごめんよエリー今日は煮干し持ってないんだにゃー。それでも甘えてくるエリーは良い子。時計を見ると8:50もうしらん。
烏丸弥生、超マイペース猫好き人間。猫には普通に話しかける。


さてさて、9:00を回ったところ。流石に正面玄関から入るのは勇気が居るので抜け道から校舎へ入る。この抜け道、エリーが教えてくれたのだ。持つべきものは友である。…あ、体育の授業…ばれない様に校舎の陰に隠れつつ教室へ向かう。

「弥生?」

突然背後から声を掛けられ吃驚する。口から心臓出るかと思った。後ろを振り向くとジャージ姿の赤葦京治君。…あ、違和感思い出した。そうだ、男女交際とやらをスタートしたんだ。一晩寝たら忘れてしまっていた。

「どうしたの?寝坊」

寝坊からの友との戯れ遅刻です。こくこくと頷くと、くすくすと笑われた。…むねきゅん。むぅ、どうしてこう、赤葦京治君の笑顔は体力ゲージをゴリゴリ削って行くのだろうか。赤葦京治君の手が、近付く。

「葉っぱ頭についてるけど、どこ通って来たの?」

ハラハラと頭から葉が落ちる。エリーがいつも通っている穴の開いたフェンスを通って来たんだよ。「あんまり危ないところ通っちゃ駄目だよ?」なんていう赤葦京治君。この前フェンスの先で制服破っちゃったのはみんなに内緒なのだ。
サラサラと赤葦京治君が私の頭を撫でる。…エリーになった気分だ。目を細めると赤葦京治君の顔が、近づいて、き た。


ちぅ


と短いリップ音。口が、触れた。なにに?それに。どれに?


「…にぅ……ぁ…?」

変な声が漏れた。ずさり、後ずさる。袖で口を隠す、意味は無い。逃がさない、とでも言うように腕が赤葦京治君に捕まえられる。顔、あっつい。現実逃避をしなければ、えと、その…キスというものをされたのではないだろうか。

「弥生」
「………ひ、」
「ひ?」
「ぴぎゃっぁああああああ!?」
「!?」

なんか今まで出したこと無い声(と音量)を上げた。授業中?しらぬ。吃驚して赤葦京治君の手が離れる、瞬間ダッシュで逃げる。なにあれなんなのなんなんですかっ!?

2年6組赤葦京治。ふわり微笑む表情にむねきゅんしちゃうイケメンさん。手が早いとインプット。危険人物指定。


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