あの日から、少しだけ八雲が変わった気がした。俺に対する何かが。決定的に変わった事は無いけど、ふと盗み見る八雲の、俺を見る目が変わった気がした。それの意味するところは、俺の自惚れでなければ


「俺さ、八雲が好きで好きで仕方ないんだけど」
「ああそうしね」
「普通に暴言吐くようになったねぇ!嬉しいけど!素の八雲見せてくれて嬉しいけど!」
「清々しいほど気持ち悪いね?」

暴言を吐きながらも、少しだけいつもと違う楽しそうな表情。それはいつもの表情と微かにしか変わらない、よく見なければ見落してしまうほどのもの。それでも、まぁそんな表情にできた自分を褒めてもいいと思う。友達以上には、なれてるよね?知ってる、自覚もしている。付き合ってる、だなんて言ってるけどそう思っているのは俺だけだ。俺は八雲に一度も「好き」だなんて言われたこと無い。ちゃんと付き合いたい。でも、今のままでもいいかな、なんて。俺は、あまり欲張りではなかったらしい。ただ隣に居れるだけで、幸せだと思ってしまう。

「徹はさ、どうしたい?どうされたい?」
「え?うん?キスしたいし、されたい」
「は?」

無とはこう言う事を言うのか。「は?」と言った八雲の表情で鳥肌が立った。怖い。いや、本音はキスしたいです。どうしても、ってわじゃないけど欲言うとしたいです。一緒にいるだけでも充分だけど。
そう、一緒にいるだけでいい。公言もいらない、自慢もしない。あ、岩ちゃんにはするけど。でも、うん欲張らない。

「欲張るつもりないけど飛雄と一緒にいるのはやめてください」
「え、いいじゃない。飛雄私の弟だし、セーフセーフ」
「完全にアウト!血繋がってないからアウト!飛雄ほんとにゆるさない」

飛雄はバレーでも人間関係でも完全に敵だ、あの澄まし顔を一度でいいからぶん殴りたい。もう殺意しかない。


「飛雄嫌う徹は嫌い」
「エッ」
「私は飛雄大好きだもん」
「だもんじゃないよ!かわいいなチクショウ!」
「きもい」
「ああ!もう!っていうか俺遠まわしに振られてる!?」
「やっと気づいたか」
「えっ!?」
「はははは!」

笑う八雲を見て、すこしときめく。しかし言われていることは酷い。え、俺振られた?いや付き合ってすらないのかもしれないこの関係で振られたもなにも無いんだけど、え?振られた?慌てる俺に八雲が手を伸ばす。

「ねぇとおる」
「なにさ!暴言はおなかいっぱいだよ」

するり、細い指が俺の頬を掠める。わらう。いままで、そう今まで見たことが無いような笑みだった。ふわり、笑う。綿毛みたいにふわふわと、暖かい

「すきだよ」
「……え」
「なんでもない」
「いやいやいやいや!待って、待って待って!聞き間違いじゃないよね?俺の聞き間違いじゃないよね!?」

あんまりにも見惚れる笑みを向けるもんだから、一瞬何を言われたのかわからなかった。どんな暴言よりも、ぶっちゃけ岩ちゃんの拳の100倍くらい衝撃が走った。たった一言、その言葉はどんな言葉よりも嬉くて、泣きそうなくらい幸せで。


「八雲!もう一回言って」
「やだよ」
「お願い!もう一回!」
「ははは」
「もういっかい!!!」

八雲は笑うだけだった。ああ、悔しいなぁ。八雲はいとも簡単に俺を振り回すのだから。

「八雲さん」
「なに?」
「すきです、だいすきです」
「うん」
「ほんとに、だいすき。あいしてる」
「中学生のくせに何言ってんだか」
「ほんとだよ!?」
「はいはい、私もすきですよーだ」

ああ、やっぱり。聞き間違いじゃなくてよかった。俺は八雲を抱きしめる。八雲の頬が若干赤くなっているのも、きっと見間違いじゃないんだろう。