「飛雄は明日入学式?」
「おう!」

まだあどけない可愛さを持つ、お隣さんの影山家の飛雄は明日中学の入学式だった。飛雄が後輩か…うん、いいね。
小学生時代の「下の学年の子の面倒をちゃんと見ましょうねー!」という自分の仕事を放棄しているような教師の言葉、そしてあの時の私はよく飛雄に構ってあげていたのだ。見知らぬクソガキより、近所の可愛い弟分の方が良いに決まっている。当時の飛雄も私によく懐いてくれて、ああ…あの頃は楽だった、苦ではあったけど。
そんな飛雄ももう直ぐ中学生。あの頃より、少しだけ大人びて…ていうか整った顔だな畜生。入学式を楽しみそうにする飛雄の顔をむにむにと揉んだ。可愛い、子供が嫌いでも飛雄は大好きだ。自慢の弟である。最近ちょっと反抗期だけど。

「俺、八雲の弟じゃない」
「いーの!飛雄は私の弟!」

幼馴染で弟。今の私の唯一の癒しだ。そんな飛雄がわくわくと口を開く。

「北一、バレーがすごく強いって。すごく楽しみだ」
「うっ…不本意ながら、1年くらい前にバレー部の友達ができたんだ不本意ながら。飛雄の事よろしくって言っておくね嫌だけど」
「…八雲、いつも俺の事可愛い可愛いって言ってるけど、女子じゃねーからな」
「流石に飛雄が女子のバレー部に入るとは思ってない」
「えっ」
「え?」
「え…友達って、女子じゃ…」
「ないんだな、残念なことに」

え…八雲の数少ない友達が…男?と声を漏らす飛雄にチョップを食らわした。いやまぁね、友達いないし飛雄の言う通りなんだけどね…って飛雄だってバレーばっかりで友達全然作ってないじゃない。人の事言えないんだからね。
しかしまぁ…及川君は完全に誤算だった、人生の誤算だ。なんで彼は、私なんかに興味を持ってしまったのだろうか。私は、息を殺して静かに生きていたのになんで彼の目に留ってしまったのだろうか。

「それあれじゃないのか?友達じゃなくて彼氏」
「小学生がませたこと言うな。あと全然違うからね」
「俺もう小学生じゃねーし!」
「でもまだ中学生じゃないでしょ」
「ぬぅ…」

でも卒業したし…小学生じゃねーしー…とすねる飛雄可愛い。頭を撫でると「子供扱いするな!」と手を叩き落とされてしまった。残念。
ていうか明日から新学期…新学期かぁ…



◇◆◇


「あ、よかった!今年も篠宮ちゃんと同じクラスだ」

玄関前に張り出されていたクラス表をみて、及川君は喜び、私は落胆した。「今年もよろしくね!」という及川君の言葉に引き攣った笑みを浮かべながら「よ、よろしくね」と答えた。中学最後の1年…というか中学3年間全部及川君と同じクラスか。今年も静かに平和に暮らす事は難しいらしい。

「3年にもなったし、八雲ちゃんって呼んでいい?」
「…うん、いいよ」

3年にもなったし、の脈絡がまるでわからない。やったー!と喜ぶ及川君に私はただ愛想笑いを浮かべるだけだった。いやー…及川君の向こう側に居る女子の視線が怖い事、今年も私の胃はキリキリと痛くなるのだろう。こんな状態になっても私は清く正しい文学少女を完璧に演じているのだ。暴言封印中、誰か今まで一度もブチ切れてない私を褒めてくれ。だって文房具がたびたび無くなったり、教科書落書きされたり破られたり、呼び出し食らっていびられたりしてるんだよ。陰険かつなんとも子供らしい嫌がらせ本当に鬱陶しい、くだらない。あと1年の辛抱だと私は耐えるよ。

「あ、そういえば私のおとう…じゃなかった。幼馴染がバレー部に入るの。面倒見てあげて?」
「…八雲ちゃんの、おさな…なじみ…?」
「うん、影山飛雄っていうんだけど」
「へー」

頬を膨らませ、不機嫌を露わにする及川君に私は遠い目をする。なんで私、及川君にこうも好かれているんだろうか…。人の好意にそれほど鈍感ではないが…それにしたって意味がわからなかった。私はぼっちの「不思議ちゃん」なのに。去年の私は及川君を「ああ、面白そうな玩具<私>を見つけて遊ぼうとしているだけなんだろうな」なんて思っていたのに…。今も私は及川君の「友人」だ。

「…むすっとしてないで教室行こう?」
「むすっとなんかしてないよ」

してるよ明らかに。はいはい、行きましょうねー。と及川君の手を取る。及川君が指を絡めるものだから、少しだけ眉を顰めた。あーあ…今年も波乱の1年になりそうだな。どうか、なるべく平和に1年を送れますように…。私はこんな無理なお願いを空に祈った。