俺が篠宮八雲を認識したのも、俺が篠宮八雲の事が好きになったのも2年の事だった。1年の時も、同じクラスだったらしい。正直俺は全然憶えていない。1年の時同じクラスだった岩ちゃんが言うのだから本当の事なんだろう。悔しいが、俺は全く覚えていない。

俺が篠宮八雲を初めて認識したのは、2年に上がってすぐの事だった。いつも、彼女は端の席だった。窓側の一番後ろの席。当時の俺は「居眠りしても気づかれない席でいいなー」なんてくだらない事を思っていた。まぁ当本人は授業中真面目で、居眠りなんてしている姿なんて見たことは無かったけど。休み時間は一人、じっと本を読んでいた。誰かと会話をするような様子も無い。だれも彼女に近づかない、認識しない。「空気って、こう言う事を言うんだろうな…」なんて思った。きっと、俺は彼女に関わることなんてないだろう。そう思っていた。

あんな彼女に出会うなんて、偶然で、ある意味奇跡のような出来事だった。だってあの頃の八雲は完璧に猫を被っていた筈なのだから。

放課後の夕暮れ時。少し早めに終わった部活、俺は教室に忘れ物をしたことを思い出した。急いで教室に取りに行くとそこには、彼女が一人、夕日に当てられきらきらと光っていた。憂うように本に目を落とす彼女に、俺は見惚れた。教室の入り口で突っ立っていると、彼女が俺に目を向ける。きょとんとした彼女に、俺は慌てる。忘れ物を取りに来ただけなのに。

「えっと…及川君、だっけ?ごめん、よく憶えてないんだけど…」
「お、及川で合ってるよ」
「そう。忘れ物?」
「そうそう。君は?」
「――どうだっていいでしょ」

ひどく冷たい声色だった。
正直、あの時何を言われたのか憶えていない。衝撃が大きすぎたのだ。罵倒という罵倒、よくもまぁそんなに人を蔑む言葉が出てくるなぁ、なんて呆然としたものだ。猫かぶりは忘れなかったらしい、敬語での罵倒が逆に心を抉った。
あの時の彼女は、どうやら虫の居所が最高に悪かったらしい。そこに能天気に笑いかける俺、今だったら殺される。よく生きてた俺。

で、罵倒されまくった挙句「あなたに興味無いので」それではさようなら、と彼女は荷物を持って教室から出て行ってしまった。俺は夕暮れの教室で一人立ちつくす。初めてだったのだ、女子にああいう反応をされたのは。

…なに、今の。

大人しいと思っていた彼女が、ああも饒舌に毒を吐くだなんて。
それ以降、俺は彼女を目で追うようになった。Mか俺は。

それから、彼女の噂を耳に入れる様になった。どうやら彼女は「不思議ちゃん」と呼ばれているようだった。まぁ、確かに不思議ちゃんだ。まぁ、周りと俺の不思議ちゃんの捉え方は違うんだろうけど。

嫌みを含む言葉、陰口。彼女は全く気にしていなかった。俺は、聞いてて酷く不快に思った。思わず、声を掛ける。彼女は、気だるそうに「だれ?」といった表情を俺に向けた。あはは、あの時の事全く覚えていないのか。良いんだけどさ。丁度いいし。

「ね、友達になろうよ」

そんな気、更々無かった。俺はね、友達になりたいわけじゃないんだよ。あの時、俺は八雲に恋をした。なんで罵倒されて恋に落ちるのか、まるで意味がわからなかったけど。彼女を目の前にして、俺は確信する。




◇◆◇



「っていう俺の初恋話」
「徹ってMなの?馬鹿なの死ぬの?」
「言うと思ったよ…」

顔を歪ませて暴言を吐く八雲に酷く安心する俺。いじめられることは無くなったらしい。寧ろ睨んでくる女子を睨み返すくらいだ。安心…

「ドMさん気持ち悪いから近付かないで」
「俺には優しくして」
「飛雄じゃないから却下」
「あのクソガキほんとゆるさない」

安心…できないなぁ…。