思い出しただけでも恥ずかしい。なんか、思わず口から溢れ出てきてしまったのだ。だって徹が、あまりにも愛おしそうな目で私を見つめてくるもんだから。あーあ、随分絆されてしまった。可笑しいなぁ…私の人生計画に、徹なんていなかったはずなのに。どうしてこうも、徹は私の中に入ってくるんだ。
認めてしまうと、ストンと自分の中に納まってしまった。ああ、私ってば、徹の事

「ちょっといいかな、篠宮さん」

ちょっと思いに耽ってるから、後にしてもらえないかな…。振り向くと4人ほどの女子、クラスメイトではないようだけど、何となく見たことがある。当然、徹の取巻きというやつで…あーあ、めんどくさい。私は静かに溜息を吐いた。












引き摺られるように校舎裏へと連れて行かれた。肩を押され、壁に叩きつけられた。背中が普通に痛かった。見るからに今からリンチされます、の図である。

「あんた、いい加減にしてくれない?及川君にあんまりべたべたしないでよ」
「ほんっと、いい迷惑。私たちにも及川君にも」

ははは、と思わず笑ってしまった。その様子に、女子たちは顔を顰める。ほんと、この人たちは何様のつもりなのだろうか。及川徹ファンクラブ様?この勝手な人間に、誰かの行動を強制する権利でもあるのだろうか。幼稚すぎて、本当に。


「なに笑ってんの?頭おかしいんじゃない?ああ、でも不思議ちゃんだから仕方ないよね。ほんとキモイ」

頭おかしいのはどっちなんだか。くすくすと笑っていると胸ぐらをつかまれた。今にも殴りかかってきそうな女子に、にっこりと笑う。

「いい加減笑ってんじゃ――」
「うるせぇよクソガキ。いい加減にすんのはお前らだっつーの」





は?と女子たちの動きが止まった。掴まれていた腕を振り払い、逆に胸ぐらを掴んで壁に叩きつけた。「痛っ!」という声は無視。だって私だって同じことされたし、これでお相子でしょ?手を離し、壁をガッと蹴りつける。私の顔を見るなり、目の前の女子の顔が蒼くなっていく。今私、どんな表情してるんだろ。きっと笑ってるんだろうなぁ、ふふふ。楽しくなってきた。

「えーっと、何さんだっけ?私、貴女に興味皆無だからさ名前なんて全然知らないんだけど、どうだっていいよね?で、えーっと…「及川君が迷惑する」だっけ?あんた徹の何を知ってそんな事言ってんの?ただあんたが自分が相手にされてないからって幼稚園児みたいにさ、私に当たらないでくれる?徹の事何も知らないくせにさ」
「は、あんたより――」
「え、私より知ってる?ばっかじゃねーの。上辺っ面しか徹の事見てないバカ女がいってんじゃねーよ」
「な、何様のつもりよ!」
「その言葉、そのままそっくりあんたに返すわ」

怒りで真っ赤になる目の前の女子。後ろの女子たちも私に飛びかかりそうになっている。女子相手になぁ…手出しちゃまずいよなぁ。なんて思っていたら目の前の女子が身体を強張らせ、顔を青くした。うん?首を傾げると後ろの女子が「あ…」と小さく声を上げた。なんだろう…振り返っていると


「お、おいかわくん」

満面の笑みを浮かべる徹がそこに居た。



「いじめ現場みーっけ」

私が虐めてるように見える構図なんだけど、大丈夫?どうやら飛雄も居るようで「どう見ても八雲が虐めしてるようにしか見えない」と笑う。ごもっともだ、どう見ても私が悪者である。「まぁ八雲が楽しそうでなによりだよ」なんて徹が言いながら私たちに近づいてきた。背後に居たはずの女子が風のごとく逃げる。リーダーさん置いてっちゃうのか。「八雲その子貸して」なんて言うから私は女子の前から退く。笑みを浮かべる徹が女子生徒に近づく。

「八雲教科書ボロボロにしたり、文房具壊したのって君?」
「…ち、ちが……」
「まぁ否定されたところで信じないけどねー。でもさ、ありがとう」
「え?」
「だって今の八雲すごく生き生きしてるんだもん」

ぶはっ!と飛雄が爆笑しだした。空気読んでちょっと黙ろうね。「飛雄後で殺す…」と徹が呟いた。飛雄頑張れ、今のは飛雄が悪いから私はフォローしない。こほん、徹は咳を払った。

「八雲はさ、君たちの幼稚な嫌がらせ全然気にしてないみたいだけどさ、俺からしたら話聞いただけでもキレそうだし、実際現場みるとさぁ…本当――腸煮えくり返りそうになる」

笑みが、消えた。瞳には、憎悪。
ひっ、と女子生徒が小さく悲鳴を上げた。びくり、私までもが肩を揺らしてしまう。徹は、怒らせちゃいけない人間だな、とインプットする。

「他の人たちにも言っといてくれる?俺バレーの練習中キーキー五月蠅い声で応援されるの気が散るし、大嫌いなんだよね」
「あ…あ、…ご、めんなさい…!し、失礼します!!」

脱兎のごとくリーダーの女の子が去って行った。その背中を目で送ると徹に抱きしめられた。さっきとは打って変わって柔らかい雰囲気の徹だ。よしよしと私は徹の頭を撫でる。







「で、飛雄。あんた生きてる?」
「ふ…は、笑い過ぎて、死にそう」

飛雄が楽しそうで何よりだよ。