あ、みょうじ。隣のクラスの赤葦にこれを持っていってくれ。そう先生に頼まれた。何故、放課後のホームルーム後にそういったものを渡すのか。渋々受取り、職員室を出た。さて、教室に向かうと、やはり教室には既に京治君は居なかった。そりゃあそうだ、京治君は部活があるのだからだらだらと私みたいに校内を徘徊していないだろう。別に私が校内を徘徊しているわけではないけど。
先生に渡されたプリントを見る。2枚。1枚は白紙の進路調査票だ。まだ早いんじゃないか、なんて思うけど私も先週提出した。2枚目は…同じく進路調査票。京治君の字ではない豪快な…味のある文字で『赤あし京次』と書かれていた。

第一希望:東大
第二希望:和せ田大学
第三希望:世界!!

…何処の小学生が書いたんだろうか。酷いものを見た気がする。赤ペンで添削されてるし。世界ってなに。世界征服なの?
『木兎、お前担任が泣いてたぞ』とコメントが書かれていた。これを書いたのは木兎という人物らしい。しかも担任ということは、ここの…生徒?小学生じゃないのか。京治君とは違うクラスの様だし、何処の人だ。友達なら名前ちゃんと覚えておきなよ。葦ちょっとむずかしいけど、京次って漢字の人もいるけど。
それにしても、このプリントどうしようか。明日でも良い気がするけど、まぁいいや。体育館ちょこっと行って渡してこよう。
荷物を持って私は体育館へと向かう。そう言えば、放課後体育館に顔を出すなんて初めてだ。京治君、バレーやってるのかな。なんて、すこしわくわくした。





▽△▽


そろり、私は体育館を覗きこんだ。ボールの音が響く。なんだかとても入りづらい、私はドアに張り付き、じぃっと中の様子を窺うだけだった。京治君発見、念を送ります。無理でした。ですよね。ぬぅ…声を掛けるにも掛けられないし…どうしたものか…。
…はっ!?視線!?バッと後ろを振り向く。そばかすの女子生徒。その人はにこにこしていた。

「どうしたの?何か用?もしかしてマネージャー希望?」

ぶんぶんぶんぶん!と私は首を振る。丁度いい、と私はプリントを差し出した。それを見ると「何やってるの木兎…」と呟く。ほう…木兎さんとやらはバレー部らしい、悪戯っ子なのかな。「ちょっと待ってね、あかあしー!」とその人は大声を出した。!?え、呼ばなくても渡してくれればいいんだけど。しかし私の肩を押し、体育館の中へと押し出す。京治君と目が合った。

「…なまえ?」
「えっ」

えっ、と声を漏らしたのはそばかす女子生徒だった。「あ、赤葦が女子を名前で呼び捨て…!?」と驚愕の表情を浮かべる。速足で私の前に来る京治君。部活邪魔してごめんよ。すぐ帰るよ。私はプリントを京治君に差し出す。

「うん?なにこ……れ」

無表情の京治君の顔が崩れた。眉間にしわが寄る。あ、怒ってる。京治君の怒ってる表情はじめてみたなぁ…なんて思っていると「あ、赤葦…どーどー」とそばかすさん(仮)が引き攣った笑みを浮かべた。くしゃり、赤葦君がプリントを握りつぶした。あ、2枚目に白紙の用紙もあったのに。

「なまえ」
「?」
「ありがとう。馬鹿に付き合わせちゃってごめん」

大丈夫、お馬鹿さんとしっかり喧嘩してくださいな。と親指を立てた。頭を撫でる京治君をそばかすさん(仮)が首を傾げる。

「この子、だれ?赤葦のクラスメイト?」
「彼女です」
「……ん?」
「彼女です」
「…は!?は!?え、赤葦に彼女!!?」

そばかすさん(仮)の声が体育館に響いた。バレー部全員の視線がこちらに向く。え、ちょっとまって。「かおりー?どうしたの?」と女子生徒その2が近付いてくる。そばかすさん(仮)はかおりさんというらしい。

「雪絵!この子!」
「なぁに?」
「赤葦の彼女」
「へぇ…」
「ちょっと!反応薄いわよ!あの赤葦に彼女よ!?あの無口無表情完全観賞用イケメンの赤葦によ!?こんな無愛想で女子どころか男子ですら近付いてこない赤葦によ!?友達少ない赤葦によ!?」
「ちょっと雀田さん」

物申したいらしい京治君が口を開く。無愛想…京治君普段は確かに無愛想かもしれないけど、表情わりとくるくる変わるし…優しいし、人当たりも良いし、友達少ないってことないんじゃないかな(自分にもそれが当てはまっているとは気づいていない)

「うわぁああ!赤葦に彼女!そうなの!!へぇ!」
「なんだなんだー!?」
「木兎!あんた馬鹿だけど今回はよくやったわ、あんたが馬鹿やらかさなかったら赤葦の彼女なんて見れなかったもの」

…ん?今雀田かおりさんとやらは何と言った?木兎?私は視線を向ける。変な髪形の人が居た。この人が木兎さん。馬鹿の人。おーけー、インプットした。


「赤葦の…彼女?」

わらわらと周りに人が集まる。囲まれた、退路を断たれた。なんということでしょう。女子生徒含め、全員私を見下ろす高身長。こわいよ!バレー部怖いよ!!「なぁなぁ!名前はなんて言うんだ?」と木兎さんが元気に聞いてきた。

「そんなことより木兎さん」
「そんなことって何だよ!」
「これ」

ひらり、先程握りつぶしたプリントを広げて見せる。「ああ!それな!」と木兎さんの目が輝いた。

「赤葦頭いいだろ?ならそれくらい行けるだろー?俺は無理だけどな!」
「木兎さんが無理なのは百も承知です。つーかこんな馬鹿見たいな回答書かないでくださいよ。ところどころ漢字間違えてるし」
「あー『わせだ』の『せ』わからなかった」
「そもそも最初の『わ』ですら間違えてるんですけど」
「マジ!?」

馬鹿すぎて何も言えないわー、と女子生徒2人が笑う。コントの様だと見ていたら、ツンツン、と肩を突かれた。こてん、と首を傾げる。視線を向けるとつり目の人。


「で、赤葦の彼女はなんて言うの?あ、俺木葉。木葉秋紀。3年生ね」
「……………」
「…?もしもーし?」
「…ハッ」

おっと危ない危ない、しゃべった気でいた。声が出ていない事に気づく。「ぅえええと」と声をあげる。クラスメイトも京治君も喋らずとも通じる人たちばかりだからと油断していた。流石に先輩にアイコンタクトは通じない。

「みょうじなまえです。2年7組です」
「…ん?2年のみょうじなまえちゃん?」

木葉さんは何かを考える様に首を傾げた。ちなみに京治君と木兎さんとのコントはまだ続いていた。

「んー?」
「どうしたの木葉」
「なんか…聞き覚えが…?あ…?」

腕を組み云々と悩んでた木葉さんがカッと目を開いた。

「なぁ猿杙」
「んー?」
「2年の無口表情って誰だか知ってるか」
「赤葦」
「違う、もう一人の方」
「んんん?えーっと…確か…」

「みょうじなまえ!」

はい、私がみょうじなまえです。「そっかー、君が赤葦の彼女かー」と木葉さんは私の頬を抓んで伸ばす。なにしとるのですか貴方は。みよーん、と伸びる頬に「ほれ、顔の筋肉が死んでるぞ」と言われた。なんと失礼な人か。自覚はしている。

「ちょっと木葉さん」

べしっと木葉さんの手が撃ち落とされた。むすっとした顔の赤葦君。「コントはもう終了?」と視線を送ると「いや別にコントしてたわけじゃないからね、俺」と返された。どう見てもコントでした。


「気安くなまえに触らないでくださいよ」
「へぇー?赤葦が嫉妬…へぇー」
「なんですか」
「べつにー?」

面白そうに笑う木葉さんに、眉が寄る。むぅ、赤葦君のストレスゲージがどんどん上がっている気がする。後ろでは「なーなー!あかーしぃ!」と木兎さんが反復横とびの様に右へ左へと飛びまわる。

「で、カノジョー!名前は?」
「ナンパみたいに聞かないでください」
「みょうじなまえちゃんだってよー、あの有名な」
「ゆうめい?」
「2年の無口無表情コンビ。まさか付き合うとは…当然ちゃあ当然なのか?」

木兎さんが首を傾げた。木兎さんって噂話とか疎そうだし、そんな噂知らないんじゃないのかな。というか有名って何有名って。うーん?と唸る木兎さんが口を開いた。

「無口無表情って赤葦別に無口でも無表情でもないだろ?結構喋るし、ころころ表情変わるし」
「それお前だけじゃね?」
「そうそう、アンタが赤葦に迷惑かけてさ」
「赤葦、木兎の世話係だもんね」

木葉さんと女子生徒が笑う。
木兎さん、京治君が、世話係。表情ころころ、結構喋る。ふむ。

「木兎さんは私のライバルか」
「ぶっ!」

何故か京治君が噴き出した。クツクツと笑う京治君に全員が「えっ」と吃驚した顔をする。え、なんで?

「こ、声だして笑う赤葦…」
「誰か写真」

「そこ、五月蠅いですよ。なまえ、馬鹿な木兎さんがなまえと同じ土俵に立てるわけないだろ?」

どういうことだー!と木兎さんが叫んだ。ちなみに後から聞いた話なのだが木兎さん、同級生ではなく先輩だったらしい。世の中よくわからない。



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rurumicoさまリクエストの金魚番外編でその後のバレー部との関わりでした。
マネちゃん名前は出てきましたけど学年もクラスもわからないので取り敢えずどちらも3年設定です。1つ上の学年でも無口無表情で有名な二人でした。二人の間では、ちゃんと表情の変化わかってるんですよ。他の人から見たら無表情ですけど!
リクエストありがとうございました!