いつもの光景だけど、見慣れることは無い。私は校舎の物影から、じっと徹を見つめる。女の子たちに囲まれているけど、徹が大きいため、女の子の波に呑まれること無く徹の表情を窺う事が出来る。…笑顔、優しそうな笑顔。やだなぁ、なんて思う。だって、その笑顔は私だけに向けてくれればいいと思うんだもん。私の知らない女の子に、そんな表情見せないでよ。「ううー…」と涙が出そうになる。私は制服の袖を握り締める。

「みょうじ?」
「…いわいずみくん」
「どうし――…ああ…」

私の直線状に居る徹を見つけて、岩泉君は溜息を吐いた。「えーっと、その…泣くな?な?」なんて言う岩泉君に、ぽろりと涙が落ちた。

「ううううう!」
「あー!だー!!あんのクソ川ァ!」
「…あさひくんのところ、いってくる」
「は?」
「からすの、いってくる」

ちょ、待てみょうじ。及川ぶん殴って引き摺ってくるから。という岩泉君の言葉を振切り、私は学校を飛び出た。
ずるいずるい。周りの女の子たちずるい。わたしより、徹とベタベタしてる。私だって徹に触りたいのに、頭とか撫でられたいのに…。

「なまえさんは及川さんの彼女だから、甘えられていいよね」

前に、徹のファンの子にそんな事を言われた。そんなこと無いもん、私徹に甘えた事なんて殆ど無いもん!徹部活だから滅多に一緒に帰れないし、デートも数えるくらいしかしたことない。今日だって月曜でバレー部おやすみなのに、あんなに周りに女の子居て近づけないし!ぼろぼろと涙が止まらない。走って走って――息を切らせた。小さな公園に辿り着く。スマホを見ると、何件か徹から電話が来ていた。私はそれを無視する。

「あさひぃいい!」
『ななななに!?どうしたの!!?』
「うわぁああああああん!!」

ちょっとなまえ、今どこに居るの!?という旭君にたどたどしく自分の居場所を伝える。電話の向こう側で「どーしたー?」とスガ君の声が聞こえた。


「ずがぐんんん!」
『おー、どーしたみょうじ』
「びえぇええええ!」

…うん、俺じゃ駄目だ。おい旭、なまえ迎えに行ってやれ。と聞こえた。ひっくひっく、私は「そっち行くぅ…」と言う。

『みょうじ、いいからそこで待ってな?今旭向かわせるから』
「ひっく…。スガ君と大地君にも会いたいもん…」
『あー…またみょうじのネガティブ発言会かぁ…』
「ご、ごめんなさい…」
『まぁ、慰めてやるからちゃんとそこで待ってろ?』
「…ぐすん、ぁい」






30分ほどは経過しただろうか。汗をかきながら走ってくる旭君の姿に安堵した。「あさひくんんんん!」と私は抱きつく。

「ちょ!抱きつくのは不味いって!」
「徹のばかぁあああ」
「叫ばないで!ほら!行くよ!!」

旭君は私の手を握って歩きだした。ぐすんぐすん、私は繋いでいない方の手で目を擦る。目、擦るな。と旭君に怒られた。私は「とおるがね、とおるがね!」と泣きながら喋りだした。苦笑しながらも聞いてくれる旭君はとっても大事な幼馴染。



「ほーら!みょうじー!」
「すがくんんんん!」

手を広げるスガ君に私は飛び込んだ。「こら!なまえ、スガに抱きつくな!」と旭君は怒る。なんで、スガ君は私の癒しだというのに!!「旭の言う通りだぞ」という大地君にむっとする。

「スガ君、いや?」
「いいーや?可愛い妹分だし、可愛い可愛い」

わーい!と私はまたスガ君に抱きつく。でも私たち同い年、妹分は納得いかない。でも、うん。嬉しい。…徹にも、こんだけ気楽に抱きつけたらいいのになぁ…なんて思った。無理なのは、わかっているけど。

「…そのジャージ、旭の?」
「え?うん」

学校に他高生入るのマズイから、と旭君に借りた黒いジャージ。じぃっと見つめるスガ君。「なぁ、旭」とスガ君が口を開く。

「自分が見たくてみょうじに貸した?」
「は、はぁ!?そ、そんなわけな、」
「そんなどもられると説得力無いベ?なー!大地ィー!」

なんだよ、と大地君が近付く。「お邪魔してます」と頭を下げると大地君は何やら複雑そうな顔をした。他高生、しかもライバル校の生徒、駄目?「ち、ちがうからな!」と旭君が叫ぶが、なにが違うんだろう。


「結構ぐっとくるべ?」
「スガ、そういうところたまにあるよな」
「俺だって男子だし?まぁみょうじは妹みたいなもんだけど」
「お、おいスガ…及川に怒られるぞ…」
「泣かせた及川が悪いベ?」

なー?と頭を撫でるスガ君に「なー?」と首を傾げる。ぐっとくるってなに?

「絶対領域とはまた少し違うし」
「…俺は、手が出てない袖になんか浪漫を感じる」
「大地はそっちかぁ。旭は?」
「だ か ら !」



「…なんすか、この状況」

体育館に入って来た影山君に「やっほー」と手を振る。「…みょうじさん?」と首を傾げる影山君の後ろに大王様が見えた。ピシッと私の身体が固まる。気づいていない影山君は首を傾げるが、にっこりと笑う影山君の背後霊に声が出ない。

「やっほー飛雄ちゃん。暫くぶり」
「!?及川さ…いってぇ!」

影山君の頭が、徹に鷲掴みされる。ひぃ!と私はスガ君に抱きつく。「ちょ、なまえ!スガから離れて!火に油注ぐことになるから!」と旭君が引きはがそうとするが如何せん、あちらでにこにこする大王様が怖い。必死にしがみ付く。スガ君は爆笑していた。

「ちょっと爽やかくん、俺のなまえ離してくれる?」
「その前に俺の頭離せ!!」
「あ、飛雄ちゃんごめん。ボールかと思ってた」

ごめんごめん、悪びれる様子もなく影山君の頭から手を離す。そして、笑いながら私に近づいてくる。…こ、こわい…!

「ていうか何その格好」
「じゃ、ジャージ羽織ってるだけ…」
「……」

無言でジャージを掴まれる。ぬ、脱げって言うことかな…なんて思っていると徐にスガ君が口を開いた。

「ちなみに及川はどっち派?」
「…なにが」
「ジャージからちょこっと見えるスカートか、萌え袖か」
「なまえ脱いで、すぐ脱いで!」

スガ君から引きはがされ、ジャージを奪われる。ひぎゃあ!という叫び声を無視し徹は私を抱きしめる。…徹に抱きしめられるとか、珍しい。そーっと、徹の表情を見ると徹はむすっとした顔をしていた。


「いくら幼馴染と、仲良い友達グループだからってあんまりべたべたしないでよ」
「泣かせた及川が悪くない?」
「……」
「どうせ彼女ほっぽりだして違う女の子たちと喋ってたんだべ?」
「…帰るよ、なまえ」

え、と徹に引きづられるように手を引かれる。スガ君はやっぱり笑顔で手を振っていたし、旭君と大地君は困った顔をしていた。あ、あと巻き込んでごめんね影山君。そうして私は烏野高校を後にした。





「なまえ」
「…ぅ」
「すぐ烏野に逃げ込むのやめて。ああやって、幼馴染君や爽やか君に抱きつくのも」

怒られる。いつものパターン。私は何も言わずにうつむく。わたしばかっかり、悪いような言い方する徹がきらい。ずるい、私は駄目で、徹はいいの?何も言わない私を怪訝そうに見ながら「なまえ」と叱咤する。

「やだ」
「は?」
「やだ、わたしばっかり…わるくないもん」
「なに?」
「徹だって、色んな女の子に優しくしてるじゃん!さっきだって、みんなに囲まれて笑顔振りまいて…私が、何も思わないとでも思ったの!」

ぼろぼろとまた涙が零れる。横を通り過ぎた小学生が「あー!泣かせたー!かっこわりー!」と徹を指さした。いいぞ、もっとやっちゃえ!「わーーん!泣かせたぁあああとおるのばーか!」と私も指差す。

「ちょ、泣かないでよなまえ」
「ばかぁああああ!」

あー、よしよし。と徹が頭を撫でる。怒っていたさっきまでの表情とは裏腹に、今は困ったような顔。もっと、困っちゃえばいいんだ。わたしばっかり、わたしばっかり!うううう!徹にしがみ付く。

「なまえ、うん、ごめん」
「ぐすん」
「どうしたら許してくれる?」

女の子と喋らなきゃいい?授業とか部活以外の時間はずっとなまえと一緒に居ればいい?と徹は聞いてきた。そんなの、徹には無理に決まってるじゃん。徹みんなに優しいんだもん。女の子無視なんてできないでしょ?ずーっとずっと一緒にいるとか…友達とだって一緒にいたいでしょ?結局私は我慢する。でも、1つだけ

「毎日、1回でいいからぎゅーってしてくれれば、いいよ」

そしたら、徹が女の子と楽しそうに話しても、頑張って我慢するから。そういうと、徹は困った様に笑った。なんでそんな顔するの。

「我慢、しないでよ。なまえが嫌なら、女の子たちと喋らない」

ふん、徹のうそつき。私は、信用しないんだから。優しい徹は、絶対他も蔑ろにしないんだから。徹が私を抱きしめる。いつになっても、私の心は大雨だ。


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ピノ子さまリクエスト
不器用な旭幼馴染の及川の彼女の話でした。
めちゃくちゃ長くなった上、旭じゃなくてスガが出張りました。及川さんも少ない…!そしてコレジャナイ感満載…!ごめんなさい!でも書いていて楽しかったです。リクエストに応えられたかは謎ですが!
ピノ子さまリクエストありがとうございましたー!