「国見君!今度練習試合あるんでしょう?見に行って」
「は?来なくていいよ邪魔くさい」
「え、ちょ…」
「じゃあ俺部活行くから」

カバンを持って国見君はスタスタと歩いて行ってしまった。いつもだったら金田一君が迎えに来て漸く動き始めるのに…。しょんぼりと、私はそこに立ち尽くした。バッグの中に入れたクッキーの袋を思い浮かべて、また気分が沈んだ。今日は、渡せそうにないなぁ…。とぼとぼと廊下を歩く。私、今日は用事あって早く帰らないといけないし。玄関の近くで「あれ?みょうじちゃん?」と声を掛けられた。あ、この声は


「及川さん?」
「やっほー!もう帰るの?」
「今日は用事があるので」

あ、そうだ。及川さんお腹空いてたりします?なんて言うと「すいてる!!」と勢いよく言うものだから私は笑ってしまった。おやつ程度にしかないんだけどな…なんて思いながらバッグを開けて袋を取り出した。

「クッキーなんですけど、良かったらどうぞ」
「いいの?ありがとー!…ん、キャラメルの匂い」
「気のせいです気のせいです!」

キャラメルという言葉に強く反応してしまった。キョトンとする及川さん。ああ、バレバレな行動だった。これ、国見君に渡せなかったんだなーって丸分かりじゃないか。「ああ、なるほどねー」と及川さんが笑う。及川さん、すぐ気付くからなぁ。

「俺が国見ちゃんに自慢して食べればいいんだね」
「えっ!?ちょっとやめてください、国見君が不機嫌に」
「国見ちゃんってば、ちゃーんと彼女大切にしないと駄目なんだから。じゃないと…ね?」

頭を撫でられる。満面の笑みを浮かべる及川さんは――何かを企んでいるようで怖かった。



◇◆◇


ちょっと最近冷たくし過ぎかな、とは思っている。同じクラスなのに目も殆ど合わせず、あいつが話そうと口を開いたら遮るように中断させる。今日だって、酷く冷たい態度をとってしまった。なんだか、付き合う前の方が仲が良かったような気がするな、なんて笑った。俺は俺が思っている以上に捻くれてるらしい。甘やかしたいとは思っているのに、気づけばいつも冷たい言葉ばかり。もうそろそろ泣かれてしまうんじゃないか。…ちゃんと、話をしよう。今日家に帰って電話して…それで。なんて考えていたら及川さんに声を掛けられた。にこにこと笑う及川さんは…何が良からぬことを考えていると確信した。

「国見ちゃん、最近なまえちゃんとどう?」

どう?なんて聞いてきて、分かりきってるくせにこの人は…。しかもなんで及川さん、、なまえの事を舌の名前で呼んでいるんだ。この前まで、みょうじちゃんだったくせに…。「別に」なんて答えると「駄目だよ、ツンツンしてたら。なまえちゃん可哀想でしょ」なんて尤もな事を言われた。五月蠅い、わかってる。そんなことちゃんと分ってるんだ。

「じゃないとさ、愛想尽かされちゃうよ?俺今日なまえちゃんにクッキー貰ったし」
「は」
「『及川さんに!』だってさ。あの時のなまえちゃん可愛かったなぁ」

この人、絶対嘘吐いてる。そう分かっているのに、及川さんの手にある可愛らしくラッピングされたクッキーは、あいつがいつも使っている袋で。えへへ、羨ましい?なんて笑う及川さんに殺意が芽生えた。

「お腹空いたし、食べちゃおう。いただきまーす…。ってなにこれ超美味しい。え、なにこれお店のクッキー?超ウマい」

にこにこ顔から真顔に変わった。仄かにキャラメルの匂いが漂った。俺の事を気にせずもぐもぐと無言で食べ続ける及川さん。だってアイツ家庭家部だし、お菓子作りならプロ顔負けレベルまで行ってるし。あいつが作るお菓子は美味しいのだ。偶に差入れしてくれるお菓子が好きで…それを食べている及川さんが腹立たしい。


「いや冗談抜きで美味しかった」
「それはよかったですね」
「なまえちゃんにまた頼んで作ってもらおう…。はっ、国見ちゃん羨ましいでしょ?なまえちゃんの手作りクッキー!キャラメル味で」
「さようなら」

え、ちょ!と後ろで声をあげる及川さんを無視して俺は部室を出た。…なんで、及川さんなんかにあげたんだアイツ。どうせ俺が冷たくして渡すに渡せなかったものだろう…だけど、もし本当に及川さんにあげる為に作ったものだったら?「――愛想尽かされちゃうよ?」及川さんの言葉が木霊する。その日、俺は部活にまったく集中できなかった。



「いい感じにかき回せたかなぁ」
「クソ川、お前何遊んでやがる」
「いやー…可愛い後輩の恋路に導きをね?」
「ハッ」
「岩ちゃん鼻で笑うの止めて…」



◇◆◇


「なまえ」

朝学校に行ったら顔が怖い国見君が仁王立ちしてました。「ど、どうしたの…?」と引き攣った笑みを浮かべていると腕を掴まれ引き摺られるように人気の無い特別教室が集まる棟まで連れて行かれた。ドンッと壁に押し付けられる。あ、所謂壁ドンってやつだ。友達が「壁ドンやってもらいたいよねー!」なんて言っていたけど、これ怖いだけだよ…。怖い顔をする国見君に「国見君…?」と声を掛ける。


「昨日」
「え?」
「昨日なんで及川さんにクッキーあげたの」

昨日のクッキー…だって、国見君は部活行っちゃったし、他に上げるような人もいなかったし。まだ家に沢山あるから自分で食べるのもなって思ったから。不機嫌を隠さない国見君にそんな事言えず、押し黙る。

「…愛想尽かした?」
「え?」
「俺が、いつも冷たく当たるから及川さんに心変わりした?」
「え、違」

すっと、国見君の身体が離れていった。「ま、そうだよな。付き合ってから全然恋人らしいこと出来てなかったし。俺冷たいし、そりゃあ心変りもするよな」なんて国見君は笑いながらそんな言葉を吐き捨てた。「ごめん」と国見君が背を向けて歩き出す。ちょっと、待って、ねぇ。私は国見君の背中に飛び込んだ。


「心変わりなんてしてない!」
「…なまえ」
「ずっと好きなのは国見君だよ!いくら冷たくされたってこれは変わらない!それにね、国見君に冷たくされるのは、ちょっと苦しいけどでも」

背中から手を離し、国見君の目の前に立つ。国見君の顔をじっと見つめる。手を握り締めて、息を吸う。

「国見君がツンデレだって知ってるから、ちょっと冷たくされたところでへこたれないもん!」
「…なまえ…」

国見君の大きな手が頭に乗ったと思ったら鷲掴みされた。痛い痛い!「くに、ご…ごめんなさい!痛い痛い!」力を込められて痛みが走る頭に何も考えられなくなった。




「誰が、ツンデレだって?」
「……なんでも、ないです…」


にこにこと、それはもう怖い笑みを浮かべる国見君に私は目を逸らした。これは、禁句だね。もう一生言わない。繋いだ手に、誓う。


「ねぇなまえ」
「なんでしょか国見君」
「俺以外に、お菓子渡したら駄目だからな」
「……うん」


デレの比率が少ないけど、一応満足しています。



-------------------------
ハラさまリクエストのツンツンデレ国見でした!これは果たしてツンデレになっていたのでしょうか…怪しいところです。意識してツンデレを書くって難しいですね。
ハラさまリクエストありがとうございました!