「本当にお願い。音駒が練習試合来る今日1日だけでいいんだ、マネ手伝ってやって!」
「ぜったい嫌」

どういう経緯で私にそんな事を頼もうとしたのか、かおりが私に手を合わせて「このとーり!」と懇願してきた。そんなに頭下げられられたって、私はマネージャーなんか出来ないんだから。

「なまえなんでもそつなくこなすじゃんー!雪絵が倒れちゃったから」
「雪絵倒れたの?」
「うん、食べ過ぎで」

あー…食べすぎね、納得。昨日、教科書立てて授業中早弁してたし、昼休みは購買で大量のパン買ってたし。部活前に腹ごしらえしとかないとねー、なんて超巨大おにぎり食べてたし…あれだけ食べて太らないのだから世の中理不尽だ。


「みんな忙しそうだし、唯一暇そうななまえに」
「失礼な」
「でも暇なんでしょう」
「暇だからやるなんてことは無いんだから」
「おーねーがーいぃいい!」

そんな事言われたって無理だよ。ただでさえコミュ障なのに、男子のバレー部のマネージャーのお手伝いとか、ストレスで胃に穴が開いてしまう。絶対にヤダ、というとかおりはむぅ、と口を膨らませた。

「雀田さん」
「あ、赤葦」

なんて話していると私の背後から声がした。振り向くと、男子生徒。なんか、見覚えがある様な無い様な…?でも私に赤葦なんて言う知り合いはいないし。スッと赤葦君とやらを避けると「すいませんみょうじさん」と言われた。なんで、私の名前知ってるんだろう。「赤葦からも頼んで!」とかおりが声をあげる。

「何をですか?」
「倒れた雪絵の代わりのマネージャー!この子すっごい仕事テキパキこなすから適任だと思うんだけど」
「だから」
「…みょうじさんが、手伝ってくれるんですか?」

じぃっと赤葦君とやらに見つめられる。うっ…コミュ障舐めるな、1秒しか目を合わせていられなんだから…!サッと目を逸らす。「無理強いはしませんが、みょうじさんが手伝ってくれると心強いんですけど」なんて見知らぬ人に言われて、私の胸はキャパオーバー寸前だった。

「……1日だけ、なら」
「やった!赤葦ナイス!」

1日だけ、誰にも関わらず無心で仕事をすればそれでいい。というか他校来る部活でマネージャーとか難易度高くない?「じゃあよろしくね!」とかおりは走り去った。何故か赤葦君とやらと二人きりになる。なんで私置いて行ったの。「なんか、すいません。無理強いさせてしまって」という赤葦君の言葉に、目を合わせずに首を横に振った。

「フォローしますんで、今日1日よろしくお願いしますみょうじさん」
「……なまえ、」
「え?」
「なんで、名前」
「あ…よく雀田さんとあと…」

赤葦君の無表情が、少し崩れた。むすっとした表情。「あと…木兎さんが良く話してまして」と言う言葉に私はピシッと石のように身体を固まらせた。


「ぼ、木兎…?」
「はい、確か同じクラスでしたよね」
「や、やっぱりマネやめる…!」
「え?」

木兎は苦手だ。あれは簡単に人のパーソナルスペースを侵略してくる。何度あの無邪気な行動に苦しめられてきたことか。そうか、気づかなかったけど木兎はバレー部だった…。「やっぱりマネ断りま」と言ったところで赤葦君が私の手を握った。え、

「え、と…木兎さんにはみょうじさんにあまり近づかないようにと釘を刺しておきますから…だから」
「…っ、手っ」
「え?ああ、すいません」

バッと手を離す。もしかして、バレー部って全員パーソナルスペースが狭いのでは…。そんないきなり男子に手を取られては私の心臓が持たない。手は離れたものの、赤葦君の身体が近付く。一歩、私は後ずさる。

「木兎さんにも、他の部員にも釘を刺しておきます。だから、」
「わ、わかりましたっ」
「…ありがとうございます」

へにゃり、笑った赤葦君に身体を強張せる。

「そういえば自己紹介がまだでしたね。俺、2年の赤葦京治です。よろしくお願いしますみょうじさん」

それじゃあ、放課後よろしくお願いします。と赤葦君は去っていった。誰も居なくなった廊下で、私は思いっ切り息を吐いた。コミュニケーション高い人間って怖い…。放課後の事を思うと鬱だ…。




◇◆◇


「今日一日だけお手伝いをすることになりました、3年のみょうじなまえです。よろしくお願いします」

シャース!という部員の声に私の身体は震えた。いきなり大声出されたら吃驚する。「…しゃーっす…」と小さい声で言ってすぐさまその場を離れた。

「かおり、何すればい」
「よー!みょうじ今日はサンキュ」
「木兎さん俺が言った事聞いてましたか?ほらアップしますよ」

…なんか一瞬木兎が近くまで来た気がしたんだけど、赤葦君が素早く首根っこ掴んで遠くへ行った。…あ、安心だ…!「で、かおり。なにすればいい?」と私は仕事をし始めた。


「まず、ドリンク作ろうか。音駒にはマネいないから音駒の分もね。結構量あるから大変よ」
「粉入れて水入れればいいの?」

なんだ簡単じゃないか。「でも数が数だからねー」と大量の空のボトル。うん、張り切って行きましょう。

「私一人で大丈夫だよ」
「えっ。それは流石に」

単純作業って得意だから。と私はボトルを手に作業を開始した。「…わぁ、ボトルさばきがプロマネージャーよ…」とかおりが言う。大体、30本くらいだろうか。水を全部入れたところでカゴを両手に持つ。

「二つは無理でしょ!?」
「え、行けるけど。かおりは1つ持ってくれればいいよ」
「いや寧ろ私が2つ」
「ほら」

さて体育館へ足を踏み入れたところでぎょっとする赤葦君が私達に駆け寄った。「それ2つ持ったら流石に重いでしょう」という言葉に首を傾げながら「大丈夫、だけど…」と言う。なに、私が馬鹿力みたいな。2Lのペットボトル持ってスーパーから家に帰れるくらいの腕力あるんだからね。まぁ先にスーパーの袋がお亡くなりになるんだけど。

「予想はしてたけど仕事凄い早いの」
「雀田さん仕事してくださいね」
「するわよ!」

そう言って笑うかおり。やはりバレー部のメンバーは仲が良い様で。溶け込めそうにない私はササッとそこから離れる。今日一日だけだもん、大丈夫。じっと赤葦君が私を見ていたなんて気づくはずも無く私はマネージャーの仕事を黙々と続けた。



「試合中はさ、どの選手がどういう動きをして何点取った。とかメモるんだけどさ。流石に初めてでそれは厳しいだろうから私書いてるね」
「お願いします」
「だからなまえは試合見ててよ。見てるだけでも結構面白いよ」

そうやってかおりはノートに目を落とした。すごい書き込みしてある。やっぱりマネージャーも大変なんだなぁ、なんてことを思った。

ピピーッと笛が鳴る。「おねがいしまーす!」と掛け声とともに試合が始まった。
じっと、私はそれを見つめる。



◇◆◇


「さて、間近で試合を見た感想は?」
「すごかった…」
「でしょ?」

どこに行くか素人の私では全然わからないボールを当たり前のように上げて、打って、凄い攻防だった。

「さー、一日マネからご感想を」
「ゥんえ!?」
「さぁ…」

背中を押される。試合が終わって疲れてるであろう部員の視線が私に向く。背後にはかおり、逃げられない。私はおずおずと口を開く。

「え、えっと…凄かったです。ボールがバーンって」
「小学生の感想か」
「あ、あと木兎集中力切れるの早すぎなに最後のいじけたアレ。選手としてどうなの。あと赤葦君、あまり木兎を甘やかしても意味無いからね。打たせてあげようなんて甘いボール上げても相手に軌道読まれちゃうし。あと、えっと誰だか名前わからないけど」

黙々と喋り続けた。「試合に勝ったのにボロクソ言われてる…しかもかなり的確に」と誰かが呟いた。あと誰かが「スゲー…新マネこえー…」とか言ってた気がした。怖くない、あと1日マネだから。


「こんなところです」
「…参考にさせていただきます」

生気の抜けた木兎が居た。なに、どうしたの?と首を傾げると「無自覚って怖い」なんてかおりに言われた。なにが?

「バレー未経験なのに、あそこまで的確に梟谷の穴を」
「梟谷の穴はしょぼくれた木兎だよな」
「じゃあ木兎チェンジで」
「いやアレでもウチのエースだからね」

世も末だな、なんて思った。「これでも5本指に入るスパイカーなんだぜ?」と見知らぬバレー部員が生気の抜けた木兎の背中を叩いた。説得力が皆無である。


「みょうじさん」
「いやです」

まだ何も言ってないんですけど…。という赤葦君に先制攻撃を仕掛ける。次に出る言葉は分かっている。

「バレー部の正式マネ」
「いやです」

私ら3年で、今更部活に入るなんてどういうことなの。「でもその洞察力あれば梟谷バレー部はもっと強くなると思うんですよね」なんてじっと私を射抜く赤葦君に目を逸らした。

「ねー、なまえ」
「嫌」
「早い返事で…」

でもさ、面白かったでしょ?なんて言うかおりにグッと唇を噛んだ。悔しいことに、バレーに魅せられてしまって。だからと言ってバレーのマネージャーやるかって言ったらそれは違うだろう。

「どうしても、駄目ですか」
「……」

赤葦君が、じーっと私を見つめる。目を逸らそうとして、でも逸らせなかった。私は口を開く。

「私は、」




歓喜の声が上がるまで、あと5秒。

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中途半端になりました。ななし様リクエストのコミュ障な有能マネのお話。なんか頂いたリクエストとはちょっと異なってしまいました。これを短編で書くのは少しつらいですね。中編くらいで書けばよかったなぁと思いました。リクエストありがとうございました!