「なまえ」

今日もこうやって、彼がやってくる。








私の世界はちっぽけな四角の世界だった。真っ白で、窓が一つ。壁もベッドも床も、何もかも真っ白で。あまり動けない私にとって、この四角い箱(病室)の中だけが私の世界だった。そんなちっぽけな私の世界は、音も無く突然に破壊された。

「俺の事、憶えてる?ほら、小中学一緒だった菅原孝支」
「…おぼえてる」

私は、うろ覚えな記憶を手繰り寄せる。そういえば、とっても優しい男子が居たなぁ、なんて思いだした。小学校の頃から病弱だった私を、構ってくれた子。いつも笑顔で、あの頃の私は彼にべったりだった。

「よかった。なまえちゃんが俺の事を憶えていてくれて」

私の事も、憶えててくれたんだね孝支君。当たり前だろ?そうやって、彼は笑った。私の真っ白な世界が色づき始めた。




「孝支君はバレー続けてるんだね」
「おう!中学の時烏野に憧れたから高校入っても絶対続けるんだ、ってな」
「そっか。楽しい」
「今は、つらいかな。俺が憧れてた時の烏野とは違うみたいだし…でも、俺は頑張るよ」
「うん、孝支君はいつだって頑張り屋さんだから。きっと強い選手になれるよ」

孝支君の学校の話を聞くのは楽しかった。高校合格して、すぐ倒れてしまった私は高校生活なんて想像できない。こうやって、孝支君の話を聞いて、私は思い浮かべる。

「俺、なまえと学校行きたい」
「うん、私も」
「じゃあ早く治そうな」
「…うん」

信じれば、きっとなんとかなる。そう信じてる。私は、孝支君の隣で歩きたいなぁ。ねぇ、春になったら桜の花が綺麗に咲くかな。孝支君の最後の高校生活で、私は孝支君のするバレーを見に行きたいな。夢が、あふれる。

私が入院してから、既に3年目が経過していた。




◇◆◇


ねぇ、菅原君。なまえのお母さんに呼び止められた。俺が、なまえの両親に会うのは珍しいことだった。俺が居る時に彼女の両親は病院に居ない。「だって2人っきりの時間を邪魔するのは悪いじゃない」なんて言われた時、俺の顔は真っ赤になった。
あの時の、優しそうな表情とは違って、なまえのお母さんは真剣で、それでいて泣きそうな顔をしていた。

「もう、あの子のお見舞いに来なくてもいいのよ」
「…え?」

その言葉に、俺は呆然とする。どういう意味だ?俺はじっとなまえのお母さんは「あ、違うのよ」と困った顔をした。

「菅原君、もう3年生でしょう。部活とか…あと進路の事で忙しくなる」
「そんなの、合間を縫っていつでも」
「あの子ね」

言葉を、遮られる。「あの子ね」泣きそうな顔でなまえのお母さんは口を開いた。


「あの子ね、これ以上悪くなることは無いの」
「え?」
「でもね、これ以上良くなる事も無いらしいの。あの子はね、ずっとずっとあそこに居続けるの」

みんなに置いて行かれて、でも追いかけることも出来無くて、あの子は一人あの部屋に居続けるの。俺の背筋はぞわり、冷たいものが這う。ずっと、ひとり?いや、そんなことはさせない。俺が

「菅原君、進学?それとも就職?」
「…えっと…」
「どっちにしてもね、きっとここから去るわ。ここの人たちって、結構外に出ていくから。でもね、あの子は連れていけないのよ」
「じゃあ俺がここに」
「駄目よ、だめなの」

何が駄目なのだろうか。俺は、なまえと一緒に生きるくらいの覚悟があるのに。

「きっとあの子は足枷になるわ」
「そんなの、気にしません」
「あの子が、気にするのよ」

あたまが、痛かった。

「あの子ね、言うのよ」

孝支君卒業したら東京とか、都会に行っちゃうかな。そこで、楽しいこと見つけて、私の事なんか忘れて生きて…そうであってほしいなぁ。私の事なんて、気にしないでもう、孝支君がやりたいように生きてくれたら。私は嬉しいなぁ。


なんでそんなこと言うんだよ。俺の幸せは、なまえと居ることなのに。今も昔も、俺は変わらず…あの頃から、小さく弱弱しいなまえを守る事が大切で、なまえが大好きで。




◇◆◇


「孝支君」
「なんだよ」
「孝支君の夢はなんでしょう?」
「え?…うーん…」

孝支君が私に手を伸ばす。頬を撫でて、彼は笑う。

「なまえと一緒に居ることかな」
「夢じゃないよ、それ。もっとこう…」
「いいや、これが俺の昔からの夢だよ」



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はなさまリクエストの病気切甘スガくんの話でした。
ほぼ寝たきりの女の子。寿命は長くは無いけれど、すぐに死んでしまうような病気ではない女の子。日常生活も困難。介護必須。悪くなったのは中学卒業してすぐ。高校には通えませんでした。小学生のころから夢主ちゃんに恋してたスガ君は、今後どうやって生きていくのでしょう。ご想像にお任せします(まさかの投げやり)
はなさまリクエストありがとうございました!