廊下を歩いていると、トンッと軽く衝撃が走った。なんだ?と後ろを振り向き腰のあたりを見るとああ、なんだか見慣れたつむじ。

「あ、ごめんね…松川く…松川先輩」
「いや、なまえ…こそ、大丈夫?怪我とか」
「ないよ!うん、大丈夫。それじゃあね」


なまえに伸ばした筈の手は宙を切った。廊下を駆ける小さな後ろ姿を見送る。あの頃とは違って、少し元気の無いなまえの顔、キリキリと心臓が痛む。「なぁ松川」隣に居た花巻が俺に声を掛けた。俺は返事をしない。


「あの子って松川の元カノちゃんだよね?」
「…そう」
「割と仲良かったように見えたんだけどサ」

どうしたの?と言う言葉に俺は何も言えない。俺はいつだって自分勝手だ。自分勝手に傷つけて、自業自得に俺が傷ついて。ほんと馬鹿じゃねーの。


「傷を抉るようだけどさ、なんで振られちゃったの?」
「違うけど」
「は?」
「振られたんじゃなくて、振ったんだよね俺が」
「…は?」

俺の言葉に花巻は目を丸くした。そりゃあそうだよな。だって、俺から告白して付き合って、俺から別れてくれと言ったのだから。

いつだっただろうか、俺がなまえを目で追いかけ始めたのは。気づいたら俺は、その小さな女の子が好きになっていた。小さな、というのは体型であって間違っても年齢じゃない、なまえは一つ下だ。そういや及川に「好きな子でも出来た?」なんてバレた時、俺の携帯電話の中にあるなまえの写真を見せた時「…まっつんって、ロリコンだったっけ?」なんて言われて及川を殴ったっけ。断じて俺はロリコンではない。

「松川君ってさ、見た目怖いけど」
「え、俺怖い?」
「…松川君って頼りになるよね」
「スルーしたね」
「…松川君かっこいいよ」

なんか、こんな茶番を前にしたなぁ、なんて思いだした。あの頃は凄く楽しかった。なまえが顔を赤らめながら俺の手を握って、一緒に帰ってデートして。


「なぁ松川。あの子の事嫌いになったの?」
「…ちがう」

じゃあなんで。と花巻が言う。なんでって言われもなぁ。



▼△▼


はぁ、と息を吐いた。松川君に激突してしまった。前を見ていなかった私が悪い…んだけど、ちょっと嬉しかったり…悲しかったりする。松川君と別れてもう2週間くらいだろうか。私は松川君になるべく近付かないようにしていた。松川君と言う呼び方も、なるべくしないようにはしてるんだけど…慣れないなぁ。

…なんで、振られちゃったんだろう。

私、松川君に嫌われるようなことしちゃったかなぁ…?そう言えば、一ヶ月くらい前だったか、松川君とキスをして、その後何故か松川君が苦しそうな顔をして私に手を伸ばして…そして謝った事が有ったなぁ。あれから、私達の間にぎくしゃくとした空気が流れ始めたような気がする。

「松川君…」

告白されて、「取り敢えず付き合って」なんて流されてからのお付き合いだったけど、松川君との日々は楽しかったし、私は段々と松川君に惹かれていった。ちゃんと、私からも「すきだよ」って言ったことあるし…すれ違いなんかは、無かったと思うのに。それなのに。

「うぅう…っ」

涙をぐっと堪えようとしても、ぽたぽたと目から雫が溢れ出してくる。ねぇ、松川君だいすきだよ。だいすきなの。松川君は、私の事嫌いになっちゃった?

「…なまえ?」

幻聴かな、なんて私は声のした方を振り返る。だって、こんなタイミング良く、私の会いたい人が居るわけないじゃない。でもそこに居たのは私のだいすきな人で。目を丸くして「どうした?何が有った?」なんて慌てて駆け寄る松川君に私は抱きついた。



▼△▼



「さて、ここに馬鹿が居ます」
「及川の事か?」
「岩ちゃんコラ」
「いやいや及川もだけど。今ここに居る一番の大馬鹿者は松川だヨ」
「ちょっとマッキー。俺を貶しにかかるのやめてくれる?」

おい、これはなんの集まりだと俺は顔を引き攣らせた。部活でもないのに部室に集まる男子4人。及川は兎も角なぜ岩泉がここに居るのか。「俺部室の片づけしようと思ったら花巻に捕まったんだけど」ああ、成る程。悪いな岩泉邪魔をしてしまって。「で、なんの話ー?」と聞く及川に「聞いてくれよ松川が」と花巻が口を開く。なんでお前が喋るんだよ。


「松川さ、2週間くらい前に彼女さんと別れたんだ」
「え、あのちっこい小動物彼女ちゃんと?まっつんノーマルになった?」
「おい及川、俺はロリコンじゃないしなまえは俺らと1歳違うだけだ」
「ごめんごめん、でも小中学生くらいにしか見えないよなまえちゃん。さらにまっつんが彼氏だともう犯罪臭しか…痛っ!!」

ボールが及川の頭に直撃した。ナイスキー岩泉ー。んー。俺らの方には一切向かずに棚を整理している筈の岩泉。どっからボール取りだしたんだ、感謝はするけど。というか及川さらっとなまえの事名前で呼んだね。なに、仲良いの?なんて無駄な嫉妬をする。馬鹿か俺は。


「岩ちゃんなにすんのさ!?」
「見た目で判断するお前が悪い。それにお前だって人の性癖とやかく言える立場じゃねーだろ」

ぽいっと、一冊の雑誌が及川目掛けて投げられる。及川はそれをキャッチしたかと思うと叫び声をあげた。

「うわぁああああ!岩ちゃん!!見た!?」
「中身は見てねぇ。でもまぁ表紙でアレだよな。俺はドン引きした」
「ああああ!違うの岩ちゃん!これは断じて違うんだ!!」

ちがうんだからさぁあああ!と及川は雑誌を手に部室から飛び出していった。なんだったんだあれ。「なになに、どんな内容のエロ本だったの?」なんて岩泉に聞く花巻。ああ、成る程。

「つーか及川の性癖に興味無い」
「それがいい。知ったら今後プレーに支障をきたすくらいの内容だったからな」
「気になる様な、知りたくないような」

なに持ってきてたんだよ及川のヤツ。って今ほんとに及川の話はどうだっていいんだよ。松川の話。と再び話題は戻る。ここで漸く岩泉が手を止めた。え、聞く気満々なの?


「俺も気になってたんだ。なんでみょうじと別れたんだ?アイツすげーいい奴だろ」
「なんで岩泉がなまえの事をいい奴、だなんて言うの?」
「委員会でのアイツの仕事の早さ、気遣いその他諸々すごかったからな。中身だけなら3年かと思うくらい」

いや中身って。遠まわしに岩泉もなまえを同年代とは思っていないと言っているようで。
というか岩泉委員会での接点なんか有ったんだ。「別れたくせに、なんでこの程度の事で嫉妬してんだお前」と岩泉には全部お見通しのようで。あーあ、怖い怖い。


「キスしたくなって」
「は?」
「その反応は正しいよな。松川あの子と付き合って何年?」
「…1年ちょっと」
「で?」
「キスしたくなって」
「どんだけ初々しいカップル?」
「いや違うんだってもっとこう、アレな話」
「男子高校生っぽい話になってきたな」
「岩泉、なんか楽しそうだネ」

口にしたのは、明らかに間違いだった。「なんだお前、くっだらないことで別れたのか」岩泉が笑う。いやいや、笑い事じゃないんだってほんと。

「詰まる所、大事にしたいけど襲いたいとかそういう話だろ?」
「岩泉はっきり言うね…その通りデス」


あの時なまえにキスした時、うっすらと頬を赤らめて息を吸おうとはくはくと口を開くなまえの顔を見て、身体が熱くなってなまえを食いちぎってしまうかと思った。有る意味健全な男子高校生とも言えるけど、俺はなまえを大事にしたくて。でも一度スイッチが入りかかってしまうと、またいつスイッチが入ってしまうかわからなくなって。それで。


「アホだな」
「アホでしょ?」
「…悪かったな」

だー!どうせアホだよ、アホで大馬鹿者だよ!俺は開き直る。くっそ、俺は手で口元を隠す。

「いやもう、健全な男子高校生でしたーって感じでいいじゃん。ヨリ戻してきなよ」
「この前みょうじ見かけたけど、元気なかったぞ。誰かさんのせいだな」
「誰かさんのせいだね」
「…るせ」

嫌われたり、引かれたらどうすんだよ。なんて弱気な発言をする。岩泉が馬鹿じゃねーの?と心底呆れた表情をした。

「健全だから仕方ないって開き直るしかねーだろ」
「俺お前はもっと理性的な男だと思ってた」
「頼れる漢だから岩泉」

もうくだらねぇから早くヨリ戻してこい。とボールを構えられる。おいそれサーブ打つ構え。「…取り敢えずなまえに会ってきまーす…」と逃げる様に部室を後にした。







で、2年の教室に行くとなまえは居なかった。近くの女子を捕まえて「ごめんね、みょうじなまえってどこ居るかわかる?」と聞くと「ちょっと…わからないですごめんなさい」と返されてしまう。ちらっとなまえの席に目をやる。荷物はある、帰ってはいない。部活も休みだし、探すか…。俺は校舎を端から歩き始めた。…暫くして、校舎裏で俯くなまえを発見した。…なんだ?俺はゆっくりとなまえに近づいた。近付いて、途中で気づいた。嗚咽。なまえは、泣いていた。

「…なまえ?」

俺は名前を呼んだ。ばっと振り返り俺を見るなまえの目からは、ぼろぼろと涙が零れ落ちて。「どうした?何が有った?」なんて慌ててなまえに駆け寄ると、俺に飛び込むようになまえが俺に抱きついた。思考停止。「まつかわくん、まつかわくん…!」とぐいぐい力を込めて抱きつくなまえ。ちょっと、待て。俺は今さっきまで健全なうんたらかんたらと話をしていて、これは無いだろう。ぐっと俺は踏みとどまる。

「わたし、まつかわくんがだいすきだよ!やだ、やだやだ!やっぱり別れたくない!」

ボロボロと涙を流しながら俺を見上げるなまえに、あー無理だわ。と俺は色々諦めた。もういい、俺はもう知らない。そっとなまえの頬に手を添える。「…まつ、かわくん?」と俺を見るなまえに笑って見せた。

「俺もなまえが好き」
「…ぇ?」

ぽけっとするなまえの顔に近づき頭を後頭部に回した。そのまま、噛みつくようにキスをする。息を漏らすなまえに、身体が熱くなって、俺は手を






▼△▼


「まっつん、どうしたのその頬」
「…小動物にビンタされた」

訳がわからないという表情をする及川と、「あー…」と納得する花巻と岩泉が目に入った。「つまりヨリ戻したってことでおっけー?」「おっけー…」そんな事を言うと花巻と岩泉が渡った。「な、なになに?なんなの?」と首を傾げる及川は放っておく。

「まぁ、オメデトウ」
「…おー」
「守備は?」
「よろしくない」

ガードが固くなった。というと花巻は笑った。呑気だなこの野郎。でも、まぁいいか。



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ちまるさまのリクエストでまっつんとヨリを戻す話でした。小動物要素も年下要素も皆無でした…ごめんなさい。あとめちゃんこ長くなりました。話が纏まらないのなんの。初松川でしたが、キャラがわかりません。ここまで難しいとは…。松川っぽくなくてすいませんでした。
ちまるさま、リクエストありがとうございましたー!