「ねぇねぇはじめくん!さっきの男の子、だれっ!」
「あ?及川だけど」
「すっごいかっこいいね!」

小学生の時か、いや幼稚園の時だったか思いだせないがなまえはきらきらした目で及川を見ていた。あの時は「そうか?」なんて気も留めずに流したが、今になって後悔する。あいつはどんどんチャラ男になって行ったし、なまえは歳を重ねるごとにキャーキャー言うようになった。そして俺の苦労が増す事となる。



「い、岩ちゃん!」
「…及川に呼ばれるようですげー腹立つから止めろ」
「及川君が一君の事岩ちゃんって呼んでるから呼ぶ!あ、それでね!それでね!さっき及川君が」


とてもくだらない話をし始める。今日は女の子達に挨拶を返す及川の笑顔が可愛かった、と理解不能な話だった。ちなみにコイツは及川に挨拶はしない、電柱の隅から及川を見るだけだ。ぶっちゃけストーカーだが、まぁ眺めてるだけだしほっとけばいい。

「及川君ってかっこいいだけじゃなくて可愛いんだよね」
「マジで理解に苦しむ」
「なんで!?岩ちゃん及川君と幼馴染のくせになんでわかんないのっ」
「もう一人の幼馴染の頭ん中も全然わかんねぇからな俺」
「岩ちゃんのばかーっ!」

はいはい、と俺はなまえの頭を押さえる。馬鹿馬鹿!と俺を殴ろうとするなまえの手は俺には届かない。こんにゃろー!と叫ぶなまえに溜息を吐く。



「岩ちゃーん!」
「!?」

及川の声が響いたかと思うと、ぴたりなまえの動きは止まった。慌てるなまえの頭をそのまま掴んで離さないようにする。ボールくらいの大きさで丁度良かった、掴みやすい。「ちょちょちょ!岩ちゃん離して!及川君来ちゃう!」という言葉を無視する。


「岩ちゃん一緒にー…って、あれ?その子」
「ぴぇ!おおおおおおおい、おいかかかか」
「お前落ち着け」
「岩ちゃんが女の子と一緒に居るなんて珍しいねぇ。隕石でも落ちてくるかな」
「おいクソ川殴んぞ」
「あははは。こんにちは、俺及川徹。君のなま」
「ふぎぃい!」

ブンッ!とヘドバンのように頭を振り下ろす、その拍子に俺の手はなまえの頭から離れてしまった。そのまま「ふんぎゃっ!」と俺の腹に頭突きタックルをかます。思わず「ぐぇっ」と声を上げてしまった。そのままなまえは何も言葉を発せずに風の如く走り去った。


「何あの子超面白い」

目を丸くする及川。よし、これでアイツが及川に認識された。俺と幼馴染のくせに及川と全く接点がなかったあいつにどうにかして接点を持たせて

「ねぇねぇ、さっきの子なんて子?」

きらきらと目が光る及川を見て…なんか俺が思っていたのと違う、と悟る。なんというかデジャヴである。この目を俺は、何処かで見たことがあるぞ。

あれ、なんか面倒事増えたか?


そして俺の苦労は更に増す事となる。







▽△▽



今日も私は陰日向及川君を見守るのです。はじめく…岩ちゃんのせいで昨日は心臓が止まるかと思った。あああ、あんな近くに及川君が居るだなんて!心臓口から飛び出るかと思った…。まったく、岩ちゃんたら何を考えてるんだ!私は遠くから及川君を眺めているだけでとても幸せだというのに!いや、でもあんな至近距離で見れた及川君も凄くかっこよかったけど!でもだめだね!心臓持たないから!!

「今日も及川君はかっこいいなぁ」

女の子に囲まれる及川君を眺める。爽やか笑顔の及川君ほんとかっこいいなぁ。


「よぉなまえ」
「岩ちゃんおはよう」
「おう、お前そっから動くなよ」

はて?動くなとは。及川君が動かなきゃ私も動かないよ。
岩ちゃんは私の横を通り過ぎ、及川君に近づいて行く。岩ちゃんと及川君の口が動く。残念なことに、距離があり過ぎて何を喋っているのかは全く聞こえない。チラッと岩ちゃんが私を見た。…?あれ、なんか…
岩ちゃんが私が居る方向を指さす。及川君がそちらに顔を向ける。目が合う。あ、やばい。にっこりと及川君が笑った。


…!?


ゆっくり、及川君が私に近づいてくるのがわかる。やばい、にげろ。捕まったらしぬぞ。私はそれはもう風になったのではないかというくらいのスピードで駆け出した。そう、私は風になる。











「あれ、なまえちゃんは?」
「……」

あいつすげぇな。ここずーっと一本道なのに影も形も無いぞ。昔から逃げ脚だけは速かったけど、もうオリンピックの選手にでもなれるんじゃないかと思うほどだ。

「岩ちゃん俺以外に幼馴染いるなんて知らなかったなぁ。しかも女の子!」
「変なヤツだよ。悪い奴じゃねーけど」

むしろ人畜無害だ。及川話聞かされる俺にとっちゃあ迷惑なヤツだが、基本的に人に危害は加えない。俺昨日タックルされたけど。

「そっかぁ…岩ちゃんがそういうんなら、良い子なんだろうね」

ほれ、またきらきらと目が輝いてる。「俺もお話したいのになぁ…なんで逃げちゃうかな」きょろきょろと周りを見る及川。まぁ簡単にはあいつは捕まえられないだろう。いつの間にか居て、いつの間にか消え去るのがなまえだ。

「ねぇ、今度俺の前になまえちゃん連れてきてよ」
「…まぁ別にいいけどよ」
「やった!なまえちゃんと仲良くなれるかな」


なまえと及川が顔見知りになって、普通に2人で会話できるようになったら俺の苦労も減るだろう。そんな事を考えた。後に、この時安易に頷いてしまったこの時の自分を殴りたくなる。







▽△▽



「岩ちゃんなんでそんなにぼろぼろなの?」

岩ちゃんに幼馴染が居ると知ってから1週間ほど経つ。何故か岩ちゃんはボロボロだった。別に、怪我とかをしているわけじゃ…いや、なんかほっぺに引っかき傷。「猫でも飼ったの?」なんて聞くと「猫なら可愛いよな、最早猛獣だ」と疲れた声で言う。


「俺になまえを捕まえてお前の前に連れてくるのは無理だ」
「どういうことなの」
「俺が聞きたい」

引っかき傷…どころか岩ちゃんがボロボロの原因はなまえちゃんらしい。岩ちゃんへの見事なタックルには惚れ惚れしたなぁ。

「なまえちゃんってどういう子なの?」
「あー…まぁ、お前のファンだよ」
「へぇー!そっかそっかぁ…ふーん」
「嬉しそうな顔すんなぶん殴るぞ」
「やだなぁ岩ちゃん嫉妬?」

マジ殴りされた。声にならない叫び声を上げる。岩ちゃんのゴリラ!ゴリラ!もっかい殴られた。痛い。冗談抜きで痛い。


「もー…でも、なまえちゃん俺のファンなら普通に話しかけてくれればいいのに」
「それが出来たら俺は苦労してない」
「なまえちゃんじゃなくて岩ちゃんが苦労するんだ」

一体どんな子なんだろう。本当にわかんないや。奇声以外の声とか知らないし。普通に話をしてみたいなぁ。なんでだろう、凄くわくわくする。


「お前顔キモイ」
「えー?こんなイケメンなのに」
「しね」
「ひどい!」


さて、どうやってなまえちゃんを捕まえようかな。







▽△▽




なにやら悪寒がしました。最近岩ちゃんが私を捕まえて及川君の前に突き出そうとする。そんなことしたら私どきどきし過ぎて死んじゃうよ!

しゅたっ

木の上から地面に降り立つ。最近岩ちゃんしつこいから地上に居てはでは駄目だと気付いた。ここならバレないし。かんっぺき!私ってば天さ

「あ、なまえちゃんだ」
「私ってば天才…ね…?」
「そだねー。まさか木の上に隠れてるとは思いもしなかったしねー」
「………及川、くん?」
「うん、及川君です」

目の前には爽やか笑顔の及川君。かっこいいし、かわいい。きゅんとする…じゃなくて!降り立った先に及川君が居るだなんて全く気付かなかった。最近は岩ちゃんから逃げる為に木登りしてたからね…ああ、なんか久しぶりの及川君…。でも近い、近いよ…!50メートル以上離れて眺めないと眩しくて私の目が潰れちゃうよ!



「お、おさらばなのです!」
「はい捕まえた」
「みぎゃっ!?」
「はーい!なまえちゃん及川さんとお話しようねー」

ぎゅーっと抱きしめられた。及川君の腕が私の首に回って…声が頭上から聞こえ、て?じんわりと背中が温かくて。

「……ふ、ぇ…え…」
「!?え、泣い!?ちょ、泣かないで!ごめんごめん俺が悪かったから!」

「岩ちゃんごめん!なまえちゃん捕まえたら泣かせちゃった!」なんて慌てて電話を掛ける及川君。及川君及川君、私しんじゃうからとりあえず腕離してよぅうううう!未だ腕は首に回っていて、岩ちゃんのようにタックルしたり振り払うことも出来ずぼろぼろと涙が出る。岩ちゃん助けてぇえええ!と心の中で叫ぶが頭上で聞こえた電話越しの岩ちゃんが


「あ?そのまま俺んところ連れてこい。俺は迎えにいかない」

なんて言うもんだからとうとう私の頭は真っ白になった。しんじゃうよ、私口から心臓飛びだして死んじゃうよ。「うーん…なまえちゃんどうしたら泣きやんでくれる?」なんて私の涙をその大きな手で、指で拭う。
困った様に、及川君が笑った。

あ、かわいくてしぬ。
そのまま私の意識はブラックアウトした。




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ぶーさまリクエストのお話でした!
岩ちゃん幼馴染で及川君にベタ惚れ、でも接点がなくてー…というお話。
設定細かくいただいたので書くのが楽しくて仕方なかったです!ご期待に添えたでしょうか…?きっとこの後もヒロインちゃんと及川君の攻防、そして岩ちゃんの苦労が絶えず続いて行くことでしょう…(笑)
リクエストありがとうございました!